医師インタビュー企画 Vol.19 髙橋昭彦
わたしが大切にしたいのは、ソーシャル・インクルージョンという考え方です。それは貧困や障がいといった境遇にある人たちを排除するではなく、彼らと助け合う方法を追求すること。わたしが診療にとどまらずに地域活動にも力を入れるのは、一人の人間として、この考えを実現したいからです。

「ないないづくし」のクリニック運営で得た手ごたえ

「ないないづくし」からのクリニック運営は、当然ながらそう簡単ではなかった。

資金がないので職員は勤務医時代の縁を通じて出会った事務職一人だけ。ベッドや事務機器などは知人の医師に譲ってもらい、何とか体制を整えた。開業早々、アメリカでシスターに言われた言葉 ―「あなたの目の前のことをやりなさい。そうすれば必要なものは自然と現れます」― が彷彿とされるようだった。

そんな中でも早くから好調だったのが在宅医療。勤務医時代に関わっていたグループホームの入居者6人を担当することが決まっていたからだ。とはいえ、現在のように医療的ケア児を受け入れるようになったのは、開業から半年後のこと。受け入れ第1号は、勤務医時代に「大学病院を退院するから在宅医療の担当になってもらえないか」という依頼を受けていた子どもだった。

「勤務医時代から子どもの在宅医療に取り組みたいと思っていました。ただ、当時はわたしが院内唯一の小児科医だったこともあり、外来や病棟管理に支障が出ては本末転倒になると泣く泣く断っていたのです。わたしが在宅医療に応じられなかったため、その子どもとご家族は、退院後、自宅と病院の往復生活を送り、日常生活を送るのもままならなかったそうです。それを風の噂で聞くたびに申し訳ないと思っていたので、開業後に受け入れることができて本当によかった。同時に、クリニックを立ち上げ、自分で自分の行動に責任を持てるようになれば、本当にやりたいことができるのだと実感しました」

「ひばりクリニックは、医療的ケア児の在宅医療を始めました」。クリニックの広報誌に大きく書いた。開業を応援してくれる人々にその思いを発信することで、髙橋は自分を後に引けない状況に追い込んだ。

民間の小さな診療所の挑戦

その後ひばりクリニックは、診療だけでなく家族支援にもだんだんと取り組み始める。きっかけは、ある医療的ケア児の訪問診療に行った時、母親が熱を出して寝込み、代わりに父親が仕事を休んで看病する光景を見たからだ。たんの吸引や経管栄養といった医療的ケアが必要なので、一般の保育園などには頼れない状況だったと聞いた。

「平日であっても、お母さんかお父さんのどちらかが必ず自宅に待機していなければならない。その光景を見て改めて、医療的ケア児の日中預かりの必要性を突きつけられました。以前から預かりがないことは知っていたし、もちろんわたし自身も必要だと思っていました。しかし、預かり事業には常勤看護師1名、非常勤ヘルパー1名の配置が必要。最低でも1日2万円程の人件費がかかるので、黒字化はほぼ考えられません。だからこそ、公的な機関がやるべきだとも思っていました。でも、一度死ぬかもしれないと思った人生、やらない理由を考えるのはやめたんです」

採算を考えることは、もうやめた。ただ、幸運にも周囲からの支援には恵まれた。2007年には、公益財団法人在宅医療助成勇美記念財団による助成金がおり、その助成金を頼りに人工呼吸器の子どもを担当できる看護師を採用。以降約1年にわたって毎月1~2回の預かり事業を始め、人員と環境さえ整えば、民間の小さな診療所でも預かりができることを立証した。助成金が終了する間際には、宇都宮市の職員から「医療的ケア児の預かり事業」を支援する助成制度をつくるという話が舞い込み、2008年3月には宇都宮市議会で重症障がい児医療的ケア支援事業が可決。公的な支援のもとで、医療的ケア児の預かり体制が徐々にできあがっていった。

2012年、ひばりクリニックは預かりをクリニック事業から切り離し、特定非営利活動法人うりずんを設立。2014年には認定を受けたことで民間の寄付も活性化し、今や年間800人から1000万円以上の支援が集まっている。

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