医師インタビュー企画 Vol.15 新村浩明
以前なら『本当にやるのか』と思われたような挑戦的な取り組みも、今ではスタッフの多くが、『どうしたら実現できるか』という前向きな視点で考えられるようになっています。震災前後でどんな心境の変化があったか直接聞いたことはありません。しかしおそらく、わたしも含めてみんな強くなったのだと思います

新村浩明 Hiroaki Shimmura
公益財団法人ときわ会常磐病院院長代行

“一山一家”の精神で被災地医療に取り組む新村浩明

「これ以上の極限状態はないと思った」。東日本大震災が起こった2011年3月を、ときわ会常磐病院(福島県いわき市、240床)の院長代行、新村浩明はこう振り返る。透析機器の故障、断水、医療従事者の県外流出―刻々と変わる状況の中、県内最多の透析患者を治療していた常磐病院は、独自のネットワークを駆使し“透析難民”584人の県外移送を断行した。その中心に立ったのが、新村だ。

あれから数年、常磐病院はda Vinciなどの最新機器を揃え、ベトナムからのEPA看護師受け入れなど、“復興”という言葉に留まらない先進的試みにも果敢に挑み続けている。被災地の医療が新たな局面を迎えた今、新村には、この病院で成し遂げたいことがあるという。

震災後、医療需要は増加 「変わらなければ、応じきれない」

IMG_4027白衣の下はいつもアロハシャツ。率先して院内行事を企画する新村は、クリスマスにはサンタクロース、年始には大黒天の衣装を着て訪問診療する。

「職場の雰囲気アップだとか、こじつけることもできますが、一言で言えば“やりたがり”なんです。目立ちたがり屋というか、思ったことはすぐに行動に移さないと気持ち悪い。『こうあるべき』という固定概念がないときわ会だからこそ、こんなことが許されるんでしょうね」

朗らかな語り口とは対照的に、現在新村は、圧倒的な医療ニーズへの対応に追われている。

vol15_2ときわ会が位置するいわき市の人口は、約33万人。夏は涼しく冬は積雪の少ない穏やかなこの土地に、震災後は他地域の原発避難者や原発作業員がさらに2万4000人程度流入しているという。震災で流出した医師や看護師も復帰しているものの、それ以上に市内全体の人口増加は著しい。病院の機能・体制を根底から見直さなければ、増加した医療需要に対応できない状況だ。

「たとえばいわき市内の救急出場件数は、2010年の1万2000件から、2013年には1万4000件程度にまで増えています。当院では年間700件ほどの救急搬送に応じていますが、これでは明らかに不十分です。残念ながら、当院で応じきれない分のしわ寄せが、他の医療機関に行っています。

『2020年には、いわき市の2次救急の半分を当院で対応できるようになろう』と、スタッフには伝えています。そのためには、救急車対応台数を、今の10倍にしなければなりません。

荒唐無稽だと思われるかもしれませんが、本気です。当院は泌尿器科の専門病院ですが、今後はより幅広い救急疾患に対応できるようにならなければならない。2015年度からは救急専門医にきていただき救急部門を立ち上げますし、わたし自身も救命救急センターでトレーニングを受け、この地域の救急を学んでいるところです」

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