医師インタビュー企画 Vol.18 加藤寛幸
『日本にも患者さんはいるのに、どうして海外に渡るのか』と問われることはあります。世界には、10万人あたりたった1人しか医師がいないような国もあって、個人の力ではどうしようもない状況に苦しんでいる人々がたくさんいる。『海外の出来事だ』と心のなかに国境線を引いてその事実を傍観するのではなく、自分にできることを考えたい。自分を頼りにしてくれる人たちのために、行動していきたいと思っています。

加藤寛幸 Hiroyuki Kato
国境なき医師団日本 会長

国境なき医師団・加藤寛幸の挑戦

© Giulio Di Sturco VII Mentor

紛争地帯や災害地域で危機に瀕した人々への緊急医療援助を展開する「国境なき医師団」。その日本事務局会長として、途上国での医療活動に身を投じているのが加藤寛幸だ。医師としてこれまで9回にわたり援助活動に参加してきた加藤。途上国医療の光も闇も目の当たりし、挫折を繰り返してなお活動に身を投じ続けるのには、わけがある。

【目次】
・医師22年目に南スーダンで味わった、まさかの挫折
10年がかりで実現させた「国境なき医師団」への思い
路上に捨てられる乳児-はじめてのミッションで見た衝撃
「損得勘定で動いているうちは、本当にすべきことは見えてこない」

医師22年目に南スーダンで味わった、まさかの挫折

「先生、どうもありがとう。また会おうね」――。

2014年の南スーダン。現地の子どもたちが目を輝かせながら贈ってくれた感謝の言葉を、加藤はうまく受け止めきれずにいた。3か月間のミッションを振り返り、「自分には何もできなかった」という無力感が、何にも勝ったからだ。

2011年に独立を果たしたばかりの南スーダンでは、独立して間もなく内部分裂が勃発。加藤が現地に訪れた2014年当時、社会的インフラは完全な崩壊状態に陥っていたという。加藤が赴任した北バハル・エル・ガザル州の州都アウェイルにあるアウェイル病院は、州の全住民約120万人に対応する、たったひとつの病院。各地での戦闘によって首都からの医薬品供給も遅延しているような中で、新生児を含む小児科診療、妊産婦への産婦人科診療、熱傷や骨折・外傷などの診療の指揮をとるのが加藤のミッションだった。武装蜂起に巻き込まれた緊急搬送者、雨季に伴うマラリア流行、圧倒的な医療物資とスタッフの不足――めまぐるしい混乱状態の中で、助けられる命は限られていた。

© MSF

「顔に大やけどを負いながら炎天下を3日も歩いて病院に来た7歳の少女、すぐに治療すれば治るはずのマラリアで命を落としていった多くの子どもたち――一つひとつの出来事が、今も脳裏に焼き付いています。『あなたを助けることはできない』と患者に告げるたび、筆舌に尽くしがたい敗北感と申し訳なさでいっぱいでした。正直なところ、ミッションを終えて感じたのは、現地に貢献できたという達成感などではなく、つらい環境から抜け出して日本に帰れることのうれしさと、現地の患者さんたちへの申し訳なさでした」

そのとき医師22年目。それまでも国境なき医師団の活動にも定期的に参加し続け、日本国内でも小児救急科の立ち上げなどを経験するなど、医師としてのスキルにもある程度の自信を持っているつもりではあった。にもかかわらず圧倒的な挫折を味わった加藤は、帰国後に当時勤務していた静岡県立こども病院を退職。国境なき医師団の活動一本でキャリアを歩んでいくことを決め、2015年には国境なき医師団日本の会長に就任した。会長として国境なき医師団日本の運営に携わることで、現地の医薬品供給、人員体制など、組織として対応しなければならない課題にも向き合いたいと考えたからだ。「すべては現場のために」。それが、会長としての信条だという。

「残りわずかな狂犬病のワクチンを、どの患者に使うべきか――特に南スーダンでのミッションは、そんな厳しい判断の連続でした。あんな状況を、どうにかなくしたい。国境なき医師団は国際NGOとしては規模が大きいですから、医薬品の供給網を整えたり、途上国に必要な薬の製造を製薬企業に訴えたりもできるはず。現場スタッフが働きやすいよう、組織としてのバックアップ体制にも力を入れていきたいと思っています。

われわれだからこそできる援助が、きっとある。固定観念にとらわれず、現地のためになることであれば、積極的に挑戦していきたいですね」

国境なき医師団とは

© Francesco Zizola/Noor

国境なき医師団は、1971年にフランスで誕生。人種や宗教、政治的信条を越えて、独立・公平・中立の立場で医療を提供。世界約70の国と地域で医療援助活動を展開するほか、現地で目の当たりにした虐殺や強制移住などの人権問題を国際社会に訴える、証言活動にも注力している。

1999年にノーベル平和賞を受賞したこともあり、途上国医療の担い手として国際的にも高い知名度を誇っているが、日本事務局が設立されたのは1992年と、比較的新しい。2016年度は34の国や地域に107人の日本人スタッフを156回派遣。医療技術が高く協調性もあるとして途上国支援において日本人医師を求めるニーズは高く、外科、産婦人科、麻酔科、内科など複数の科目で、恒常的に医師を募集している。

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