「地域医療」の記事一覧

医師を離島医療に掻き立てた“一本の電話”―石橋興介氏(竹富町立竹富診療所)

「力を貸してほしい」―。この1本の電話が、竹富診療所、そして一人の医師のキャリアを大きく変えました。2015年、竹富診療所に赴任した石橋興介氏は、島の人の健康に危機感を覚え、住民と一緒に島の健康づくりを推進。その取り組み・・・

2人の子持ち医師が、あえて通勤2時間の病院で働くわけ ―斎藤 舞子氏(東埼玉病院)

祖父の死をきっかけに無医村を知り、地域医療を志した斎藤舞子氏。初期研修を通じて理想の医師像と出会い、医療資源の少ない地域で医師として働く決意を固めます。それを実現するために選んだ勤務先は、自宅から片道約2時間かかる東埼玉・・・

医療支援に行った医師が、地域の伝統行事に打ち込む理由 ―小鷹昌明氏(南相馬市立総合病院)

東日本大震災の翌年、大学准教授を辞め、南相馬市立総合病院の神経内科医として赴任した小鷹昌明氏。医療支援ということもあり、赴任当初は1~2年で南相馬市を離れるだろうと考えていたものの、「医療支援だけではだめだ」と気付き、コ・・・

医師23年目。臨床を離れて学校をつくった医師の再挑戦とは ―小栗哲久氏(大井田病院)

長年臨床現場から離れていた小栗哲久氏。離島医療を経験後、ホスピスで終末期医療や心のケアに取り組み、2012年には仲間と共に自由な教育方針を掲げた学校を開校させました。これまで多様なキャリアを歩んできた小栗氏ですが、自分の・・・

近畿地方の子どもたちを守る! 救急集中治療科再編の軌跡 ― 黒澤寛史氏(兵庫県立こども病院)

国内に小児専門の集中治療科がなかった2000年代前半。重症の小児患者への治療に疑問を感じていた黒澤寛史氏は、その思いを原点に小児集中治療医としてのキャリアを歩み始めました。2016年には、兵庫県立こども病院の救急集中治療・・・

「1年寄り道したっていい」女医のわたしが子連れで高知に単身赴任する理由 -桐谷知美氏(東京医療センター)

理想とする医師像に近づくため、子どもを連れて1年間、高知県宿毛市への単身赴任を決めた桐谷知美氏。その背景には、自身の苦い経験と周囲の後押しがありました。これまで東京都内の急性期病院に勤務してきた桐谷氏が、地域医療に飛び込・・・

フットケア専門の訪問診療が必要だ! 地域の声に応えた医師の挑戦 ―木下幹雄氏(TOWN訪問診療所)

2017年4月、東京都昭島市に、国内では珍しいフットケア専門の訪問診療所を開業した木下幹雄氏。これまで杏林大学医学部付属病院、東京西徳洲会病院にも、難治性潰瘍のフットケア外来を立ち上げてきた木下氏には、形成外科医として地・・・

北海道岩見沢市・旭川市のまちづくりを「ささえる医療」-永森克志氏(医療法人社団ささえる医療研究所)

2007年に財政破綻し、市立病院が閉鎖した北海道夕張市で、医療を再建した立役者の一人である永森克志氏。地域医療に興味を持ったきっかけは「自然が美しい地域で医療をしたかったから」と話す永森氏は、現在、北海道岩見沢市でコミュ・・・

チーム医療を再構築! 感染症多職種チームが自走するまでの軌跡―笠井 正志氏(兵庫県立こども病院)

小児感染症専門の臨床医としてキャリアを積んできた笠井正志氏。2016年4月、長年の目標であった感染症科を兵庫県立こども病院に立ち上げました。赴任当時、チーム医療の土台がない状態から、感染症対策の多職種チームが自走できるま・・・

年の半分はオンコール、片道数時間の通院患者…若手医師が北海道で見た衝撃とは ―齋藤 宏章氏(一般財団法人厚生会仙台厚生病院)

これまで縁もゆかりもなかった北海道北見市で、医師としてのキャリアをスタートさせた齋藤宏章氏。地元である福岡県、大学時代を過ごした東京都とは全く異なる環境を選んだからこそ見えたもの、研修を通じて変わった将来への展望について・・・

1 / 812345...最後 »
サブコンテンツ