日本初の“治療アプリ”を目指す最高医療責任者の異色キャリア―谷川朋幸氏(株式会社CureApp)(前編)

日本初となる“治療するアプリ”の薬事承認・保険適用を目指している株式会社CureApp (https://cureapp.co.jp/)。最高医療責任者(CMO)として、治験や薬事申請などを進めるのは、医師である谷川朋幸氏です。東京大学法学部を卒業後、アフリカでの難民支援NGO、東証一部上場企業経営企画スタッフを経て、呼吸器内科医になった異色の経歴を持っています。どのようなキャリアを描き、医師になったのでしょうか。(取材日:2019年11月13日)

※治療アプリ
医療機器のように医療現場での活用を想定し、高度なソフトウェア技術と医学的エビデンスに基づき、自宅等での治療ガイダンスを可能にするアプリ。これまで医療者が関わることの難しかった診察以外の時間帯に、医学的なフォローを行い、意識・習慣に対して行動変容を促すことで、治療効果を上げる仕組みを目指している。「治療アプリ®」は株式会社CureAppの登録商標。

ウガンダの難民支援NGOに勤務するも、打ちひしがれて帰国

――医師になる前は、アフリカで難民支援NGOに勤務されていたそうですね。学生時代はどのようなキャリアを思い描いていましたか。

中高生のころから、公衆衛生に関心があったんです。
自分は日本という幸せな国で育っているけれど、アフリカや東南アジアの国々では不遇な少年時代を過ごしている人たちがいる。それはアンフェアだと考えていました。公衆衛生に携わる公務員を目指し、東京大学に進学しましたが、在学中に先輩方の話を聞く中で「自分は官僚になるキャラじゃない」と気づいたんです。もっと独自性が強く機動力がある、民間の方が性に合っているなと。学生時代から国際協力のNPOを運営していたこともあり、自分も、将来何か手に職や力をつけて貢献できる部分を見定めたいと思い、大学卒業後の半年間、ウガンダで難民支援をしている医療系NGOに勤務しました。

難民支援の機能として、土木、医療、教育、水、食糧、コミュニティマネジメントの6つがあるのですが、私の親族に医師がいることもあり、最も興味があったのは医療でした。また、日本の民間企業でマネジメントを学びたいとも思っていたので、NGOで半年間勤務した後は、民間企業に入社することも決めていました。

――実際にウガンダに行き、どのように感じましたか。

勤務していたのは当時、内戦をしていたスーダンからウガンダに避難してきた難民の方々を支援する医療系NGOです。できたばかりで不安定な難民キャンプもあったのですが、そこに医師が行くことでキャンプに安心感が広がっていると感じました。おぼろげながらに、「医師として、ここに戻ってくるというのもいいかもしれない」と感じていました。

しかしウガンダでの時が経つにつれ、分かってきたこともありました。ウガンダは、医師ですら就職先が少なく、失業も珍しくないくらい雇用が不安定なんです。今後、自分が何らかの専門性をもってウガンダに戻ってきたとしても、現地の雇用を奪うだけなのではないか。自分は思い上がっていたのではないか――。そんな風に打ちひしがれたまま帰国しました。

「医師になって、アフリカに戻る道をもう一度考えたい」

――そこから、医師を目指したのはどのような経緯がありましたか。

帰国後、民間企業に入社し、経営管理の部署で3年間働きました。任せていただいた予算管理の仕事は、複雑なパズルを解くような知的興奮はあったのですが、「これは結局、誰のためになっているのか」という疑問が付きまとい、自分の中でどうしても腹落ちしなかった。それまでのキャリアを振り返る機会も増え、医療への興味も高まってきていたので、「医師になってアフリカに戻る道をもう一度考えよう」と思い、退職。滋賀医科大学の医学部に編入しました。

――後期研修は、聖路加国際病院の呼吸器内科ですね。呼吸器内科を選んだ理由は何ですか。

初期研修が終わった時点で、はじめに志していた公衆衛生、国際保健のキャリアに舵を切るという選択肢はもちろんありました。ただ、臨床がおもしろすぎて、臨床のない公衆衛生に行くという決意ができなかったんです。

先のことまで見通してキャリアを考えるよりも、現時点での興味・関心を優先させました。「今自分の価値観に合う、心地よく働ける臨床科はどこか」と考えた結果、呼吸器内科を選ぶことにしたんです。

内科系に進んだのは、ウガンダで働いていた医療系NGOのディレクター(医師)から、「医師として国際保健をするなら内科がいいよ」と薦められていたからです。中でも呼吸器内科は、最期まで治らない病気が多く、看取るケースも珍しくありません。「治せる医療」もかっこいいんですが、同期の研修医と比べて歳をとっていたからか、終末期の医療に魅力を感じていました。最期に至るまでの患者さんやご家族の葛藤にどう向き合うか、どのように声をかけるか。看取る技術は、例えば内視鏡の手技と同じように、医師ならではの専門性だと思ったんです。

谷川 朋幸(たにがわ・ともゆき)
2002年、東京大学法学部卒業後、アフリカでの難民支援NGO、東証一部上場企業に勤務。2011年、滋賀医科大学医学部卒。亀田総合病院、聖路加国際病院を経て、2019年聖路加国際大学公衆衛生大学院修了。大学院在学中から臨床研究で株式会社CureApp(キュアアップ)に関わり、2019年4月に同社に入社、最高医療責任者(CMO)に就任した。

ウガンダ勤務を経て医師になり、ベンチャー企業に入社したわけ―谷川朋幸氏(株式会社CureApp最高医療責任者)(後編)に続く


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