「まさか自分が」肺がんになった医師の胸中―病とキャリアvol.1(前編)

川崎幸病院放射線治療センター(神奈川県川崎市)のセンター長を務める加藤大基先生は2006年、34歳で肺がん患者となりました。放射線治療医として多くのがん患者に寄り添ってきた加藤先生に、がんが見つかる前後のお話、病を経験してからの患者さんとの向き合い方やご自身の働き方について伺いました。(取材日:2019年3月20日)

バーンアウト寸前で働き方を変えた矢先に

―医師を志した理由を教えてください。

私が高校生のときは、ドクターハラスメントという言葉はありませんでしたが、患者さんが医師から冷遇されているという報道が多く取り上げられていました。当時の私は反骨精神が強かったので、それを見て「自分ならそういうことはしない」と火が付き、患者さんのことをきちんと理解できる医師になりたいと思ったのが最初のきっかけです。
そんな思いを抱いていた私が選んだ道は、放射線科。全身を診ることができる科に進みたいという自分の希望に合っていたことと、当時は「人の死に立ち会える科であれば、自分自身も人間として成長できるのではないか」と考えていたということが放射線科に入局した理由です。

―先生の著書『東大のがん治療医が癌になって』(ロハスメディア)では、放射線科に進まれてから、オーバーワークでとてもつらそうな様子が書かれていますね。

オーバーワークには複数の原因がありました。医師不足ゆえに指導体制が成り立たず、医師になって間もないのに放っておかれてしまって――。物事がスムーズにいかない状況が続き、必然的に拘束時間も長くなってしまいました。加えて、重病の患者さんを抱えている病院での勤務が多かったので、夜中の呼び出しも日常的。休みもなく、いつ呼び出されるかも分からなかったため、自転車で戻ってこられる範囲のところにしか行けませんでした。生きる気力がない状態になり、「このままではまずい」と思い、上長に相談して働き方を変えることにしました。

― 一度医局を離れられたのでしょうか。

いったん医局を離れてフリーランスになり、少しずつ精神の安静を取り戻していきました。その矢先、胸部に圧迫感があったことと、前回の検査から約1年経っていたことから胸部エックス線を撮影したところ、偶然病変を見つけたんです。ステージⅠA(当時の分類)の肺がんでした。

「自分は癌にならないだろう」という過信

―当時の心境は。

人生の時間の短さを改めて感じました。当時の私はまだ30代前半で、それくらいの若さでがんになる人も診ていましたが、まさか自分が癌になるとは――という気持ちは正直ありました。いわゆる、正常性バイアスというものですね。がんにかかった家族・親戚も少なく、どちらかと言えば長生きの家系なので、自分の家族に告げたときには、青天の霹靂だっただろうと思います。
変な話かもしれませんが、診断を受けたとき、働き方を変えていてよかったと感じました。仕事でオーバーワークの上、がんまで覆い被さってきていたら精神的に耐えられなかったと思います。そもそも、激務が続いていたらエックス線を撮る気にもならなかったでしょう。そういう意味でも、働くうえでゆとりを持つことは大切だとも実感しました。

手術前には、いろいろな可能性を想定していました。これまで大きな病気をしたことがなく、全身麻酔の手術を受けるのも初めて。変な話、そのまま死んでしまったら誰も何もできない状態になるので、それは避けたいと思い、万が一のことを考え、手術前に両親に通帳を預けました。大げさかもしれませんが、そういう心境にまでなりましたね。

―著書では、医師である先生に“がんに効くサプリメント”を送ってきた人がいたとありましたね。

結構いましたね(笑)。親切心なのか、ただの金づるだと思われていたのかわかりませんが、いろいろなところから話をされたり、物が送られてきたりしました。
私は職業柄、そういうものを受け流す知識がありますが、藁にもすがる思いでいる患者さんは、そういうものに引っかかってしまう可能性があります。医師はみんな「科学的な根拠のある治療や薬を」と言っていますが、患者さんの中には、どうしても怪しい方向に行ってしまう方もいます。病気になって不安に苛まれている人が付け込まれるのは、何とか水際で防ぎたい。そこは、医療者が時間を取って説明しなければいけないところだと感じています。

術後から3週目に仕事復帰

―手術後、どれくらいで仕事に復帰されたのですか。

クリニックの外来には、術後から3週目で戻りました。常勤の放射線治療医として戻るのは、それよりも少し後になりましたね。

―ずいぶん早い職場復帰ですね。先生ご自身の希望だったのでしょうか。

自分の希望と職場側の希望と両方です。術後数日は痛みがものすごく強くて大変でしたが、10日くらいでだいぶ良くなりました。回復が早く、痛みも少なくて思いのほか動けましたし、長時間の手術をしたりするわけではないので、外来の診察はできるだろうと思って仕事に復帰しました。といっても術後3週目ですから、体調は全然万全ではありません。小さな子どもやご老人に追い抜かれながら駅までゆっくりゆっくり歩いていました。勤務時間も少し短くしていたかもしれません。肺の手術だったので、職場復帰した当初は、患者さんと長く話すと息切れすることがありました。そこから徐々に体調も回復していって、定期的な検査を受けつつ、仕事もフルタイムに戻していきました。

―現在は、完治していると言えますか。

肺がんの場合は、術後5年で再発がなければ完治です。私の場合は10年以上経っているので、通常は完治と考えます。ただ、他のがんができる可能性はもちろんあるので、現在も通常のがん検診を受けています。

後編では、患者になる経験を経た加藤先生が得た気付きや、死生観について答えていただきました。

加藤大基(かとう・だいき)
川崎幸病院放射線治療センター センター長
1999年東京大学医学部卒業後、同大医学部附属病院放射線科入局。国立国際医療研究センター、癌研究会附属病院(現 がん研有明病院)等を経て、2016年より川崎幸病院放射線治療センター副センター長、2019年4月より現職。2006年に肺腺癌(ステージⅠA)で左肺下葉切除術を受ける。著書に『東大のがん治療医が癌になって』(ロハスメディア)。

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