5年生存率40%の医師が医療現場に戻るまで ―病とキャリアvol.2(中編)

退職間際に、ステージIIIの進行性食道がんが発覚した行田泰明先生。5年生存率40%という厳しい現実に向き合い、数々の合併症や後遺症を乗り越え、現在は、わたクリニック(東京都葛飾区)の診療部長を務めています。中編では、治療当時の状況や再就職までの経緯を伺いました。(取材日:2019年3月29日)

“無職”の状態でがん治療に

——退職を1カ月後に控えたタイミングでのがん発覚。関係各所への調整も大変だったのではないでしょうか。

突然のことでしたので、勤務先では、退職日まで休職扱いにしてもらいました。実は、病気が発覚する前に、次の勤務先として公立病院から内定をいただいていましたが、保留になりました。ですので、正式に退職した後は、いわゆる“医師免許を持った無職”の状態になりました。
生活の不安はあるものの、目の前のことに対処することに精一杯で、その先のことまでは考えられなかったのが正直なところでしたね。

——治療はどのように行われましたか。

2014年2月、3月に術前化学療法として抗がん剤治療を受けた後、4月に12時間の手術を受けました。手術自体は胸腔鏡、腹腔鏡を用いたので思ったよりも辛くなく、麻酔薬の進歩もあって痛みも全く感じませんでした。しかしながら、術後10日目に縫合不全を起こし、加えて誤嚥性肺炎を4回併発。当初3週間の予定だった入院期間が、2カ月に延びました。

——治療で一番辛かったことは。

抗がん剤の有害事象です。口内炎で口の中が真っ赤になり、潰瘍も沢山でき、飲み込みに苦労しました。また、胃管を造設したため消化ができず、ダンピング様症候群で下痢になりやすい体になってしまって――。体重も大きく減少しました。外科治療と縫合不全が原因と思われる頸部絞やく感は、今でも常にありますね。

——退院後は、どのような生活を送りましたか。

2カ月の入院で筋肉が萎縮し、小さな段差にもつまずくようになっていたので、自宅療養をしながら、筋力回復を目指して毎日ウォーキングを行いました。食材選びや食事の内容も強く意識しましたね。手術から7カ月後には、「がんに負けてなるものか!」という思いで、フランスの名所を巡る8日間の一人旅も決行しました。

闘病意欲を奮い立たせた、母の言葉

——闘病生活を送る中で、精神的な支えとなったものはありますか。

病気の発覚時に母から言われた「おめさん、わしより先に逝っちゃダメだえ」という一言ですね。私の地元である、長野県諏訪地方の方言です。それを聞いた時、「苦労して大学へ行かせてくれた高齢の親よりも、先に死ぬわけにはいかない」と強く思いました。

また、入院中に観た映画『フライト(原題Flight)』に登場した、アメリカの神学者の言葉「ニーバーの祈り(※)」も、何度も心の中で繰り返し唱えました。何よりも、確実な治療をしてくれたという事実、そして家族や友人、知人の存在が、諦めない気持ちを支えてくれたように思います。

※Serenity Prayer(ニーバーの祈り)

God, Grant me
The serenity
to the accept the things I cannot change,
the Courage
to change the things I can
and
the Wisdom
to know the difference

神よ、
変えることのできるものについて、
それを変えるだけの勇気をわれらに与えたまえ。
変えることのできないものについては、
それを受けいれるだけの冷静さを与えたまえ。
そして、
変えることのできるものと、変えることのできないものとを、
識別する知恵を与えたまえ。
(訳:大木英夫著『終末論的考察』, 中央公論社, 1970)

闘病経験を患者さんに還元したい

——退院から7カ月後の2015年1月、現職である、わたクリニックの診療部長として復帰された経緯を教えてください。

就職活動は、フランス旅行から戻った後に始めました。まず、がん発覚前に内定をいただき、保留となっていた公立病院に改めて声をかけました。院長はとても好意的に受け止めてくださいましたが、がんの経過観察中であることがネックとなり、採用には至らなくて――。そのような中で思い当たったのが、わたクリニック理事長の渡邉淳子先生です。渡邉先生とは以前から知り合いで、常に私のことを気にかけてくださいました。入院中に「うちにおいでよ」とオファーをくださったこともあり、ご連絡したところ、採用の運びとなりました。「あなたが経験したことを地域の皆様に還元しなさい」と。本当にありがたかったですね。

——現在は、どのような形態で勤務されていますか。

わたクリニックでは、特にワークライフバランスが重視されています。私の場合は原則、週3日勤務。他の日は裁量に任されています。渡邉先生からも無理をしてはいけないと言われていますが、性分でしょうか、休日もこっそり働いて、看取りや処置などを行ってしまいます。時々、電子カルテをチェックした渡邉先生から「裏でこそこそやっていたでしょ」と指摘されますね(笑)。現場に復帰できたこと、何よりも働けることがうれしくて、ついつい動いてしまうのですが、無理のないように心がけたいと思っています。(後編に続く)


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