「このままでは死ぬ」鬱の開業医が選んだ道――医師と2足のわらじvol.12(前編)

大学病院勤務などを経て、29歳の若さで耳鼻咽喉科のクリニックを開業された豊田孝行先生。9年間開業医として激務をこなされた後、現在は農家と医師という二足のわらじを履いています。先生はどういったいきさつで、半農半医という働き方を確立されたのでしょうか。先生が苦難の末にたどり着いた、理想のワークスタイルに迫ってみました。(取材日:2019年1月7日)

農業に親しみながら、医師を目指していた少年時代

――まずは医師を目指されたきっかけをお教えください。

私が生まれた家は、代々医師という家庭ではありませんでした。ですが母親が看護師をしていましたので、幼い頃はよく母の職場を訪ねたりしていましたね。そこで出会った医師の話を聞くうちに、「人の治療をして喜ばれる」医師の仕事に魅力を感じるようになったんです。子ども時代の文集などを見返してみると、小学校3年生の頃には「将来は医師になりたい」と書いているので、そのぐらいから医師を目指していたようですね。

――農業には親しみがあったのですか。

実は祖父母が農家をしていたので、子どもの頃から身近に感じていました。農家って、とにかく忙しいんですよね。祖父母は桃をメインに栽培していたので、夏場などは繁忙期で猫の手も借りたいぐらい。私も小さな頃から稲刈りなどを手伝ったりしていました。子どもの立場としては、お手伝いで遊ぶ時間が減ってしまうことに、不満を感じることもありましたね(笑)。ですが祖父母と一緒に農作業をするのは、大好きでした。

待ち受けていた現実

――若くして開業に踏み切られた理由を教えてください。

大学を卒業して、晴れて医師として働きはじめました。しかし次第に、一口に医師と言っても、病院によって治療方針とか、求められる役割も変わるんだなということを実感するようになったんです。私は大学病院に在籍していたのですが、研究機関としての役割に馴染めないものを感じていました。研究が好きで意欲のある医師にとっては、大学病院は非常に良い環境だと思います。けれど、私はもっと患者さんと触れ合って、一人ひとりに寄り添った治療をしたいと考えていました。徐々にそうした気持ちが高まってしまい、29歳の時に開業することを決意したんです。

――実際にクリニックを開業してみて、ご自身の考え方などに変化はありましたか。

私は心のどこかで、「医師になって、手術や治療を頑張れば病気の人は減るんだ」と非常に単純に考えていました。だから開業時には、「これからは自分の思い描いた治療ができる!これで病気の人を減らせるはず」と思ったんです。でも、いざ開業してみてわかったのは、実際には病気の人は減らない、ということ。病院には、感染症やアレルギー、花粉症などの患者さんが、引っ切りなしに訪れます。治療しても治療しても、患者さんが途切れることはありません。一人治ってはまた新たな患者さんが現れる…そんな日々に、「病気の人を減らして、よい社会にしたい」という子どもの頃から抱いていた理想が、がらがらと崩れ去る気がしました。無力感にさいなまれつつ激務に忙殺される生活が続き、心身ともに疲弊していったのでしょう、気がつくと鬱になっていました。

病院を手放し、全てをリセットして得たものとは

――当時はどのような生活スタイルだったのですか。

自分自身が消耗していくように感じたのが開業5年目、34歳頃のことです。当時はとにかく仕事中心で、本当に不摂生な生活を送っていました。主食はコンビニのお弁当、カップラーメン、ファストフード。味や栄養を気にする余裕もなく、素早くお腹をいっぱいにするためだけに食べていました。仕事の後は付き合いなどで飲みに行くこともあり、今より13キロも太っていて…。
自分の病院が休みの日には、知人の精神科病院を手伝いに行っていたので、ほとんど休日もない状態でした。今振り返ると、かなり無茶な生活をしていたと思います。

――その後、どうやって現在のような半農半医のスタイルに行きついたのでしょうか。

鬱を抱えながらも、結婚して子どももいたので病院は続けるしかありません。ですが開業9年目に入ったあたりで、“これ以上やったら自分は死んでしまうかもしれない”と思い詰めるようになってしまって。妻とも相談した上で、「自分のライフスタイルをもう一度見直してみよう」という結論に達しました。思い切って病院を先輩に譲り、一旦全てをリセットすることにしたんです。

病院を手放してからは少しのんびりする時間ができたので、両親や弟がやっている農作業を手伝うようになりました。その中で、健康を保つ上では働き方や食生活がいかに大切かということに、改めて気づいたんです。未病という観点からは、食生活の改善は非常に大きなテーマです。これまでは病気を治すことに注力してきましたが、病気になる前から介入できれば「病気の人を減らしたい」という自分が思い描いていた医療により近づけるのではないかと、身をもって感じました。このように、「病気を治す」のではなく、「病気にならない体づくり」に目を向けた時に、自然と農業と医療の両立に目が向くようになったんです(後編に続く)。

 


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