「産業医は楽で儲かる」は本当か? 現役産業医がお答えします―Dr尾林の産業医ガイド(1)

尾林誉史(おばやし・たかふみ)

わたしが産業医になって感じたのは、医師も企業も、産業医に対する理解・期待値が低いということ。臨床業務がないため、「資格さえ持っていれば、誰でもできる」と思われがちです。確かに、資格があれば産業医と名乗れます。しかし、現場から本当に求められている業務を実践できている産業医は、どのくらいいるでしょうか。今回は産業医の詳しい業務内容、わたしが思う産業医業務のやりがいについてお話していきたいと思います。

【目次】

産業医業務自体は、特段難しくない

「産業医の仕事って、儲かるの?」
産業医であるわたしが、最もよく聞かれる質問です。それに対する答えは決まっています。
「そういう場合もあるし、そうでない場合もある」。

先生方が抱く産業医のイメージは、どのようなものでしょうか。

安全衛生委員会に出席し、職場巡視を行い、時には面談業務もある―。それであれば、ご安心ください。規模が小さく産業医を招いたことのない企業や、スタートアップ企業でない限り、前述した業務については、人事や労務担当者がおおむね段取りをしてくれるため、何も構える必要はありません。強いて言えば、面談業務の進め方に悩むくらいでしょう。診断や薬の処方ができない、産業医ならではの特殊な制約はあるものの、精神科の先生であれば、実臨床と大差はありません。しかし、他科の先生はどうでしょうか。同じく構える必要はありません。『傾聴と共感』の姿勢を心がけることが大切です。業務内容を10とした場合、相談者の話を聴くことが9、アドバイスすることが1。相談者は聴いてもらいたいのです。とはいえ、話し下手な相談者の場合はどうすればよいか、という疑問もあるかもしれません。その場合は、以下のような定型的な質問を投げかけてみてください。あくまでも精神科医としての臨床実感ですが、これらの質問で4つ以上の該当項目があれば、相談者の置かれた状況は深刻なものといえるでしょう。メンタルクリニックの受診を勧めた方がよいと思われます(なお、最後の質問のみ該当する相談者はほとんどいません)。

  • 最近の睡眠リズム(寝つき、中途覚醒、寝起き)はどうですか?
  • 食欲(※)はありますか?
  • 頭痛、吐き気、めまいなど、体の不調はありますか?
  • 最近、憂鬱な気分だと感じますか?
  • 頭の働きが落ちていると感じますか?
  • 趣味や好きなことを楽しめていますか?
  • 消えてしまいたい、死にたい気持ちはありますか?

※場合にもよりますが、わたしは性欲まで聞くこともあります。

これだけのやり取りで、5分~10分くらいはあっという間に過ぎてしまうため、安全衛生委員会や職場巡視も込みで1時間の契約であれば、せいぜい1~2件の面談で業務終了です。言葉を選ばずに言えば、通常診療と比して、特段難しいことではないことが理解いただけるのではないでしょうか。産業医業務に特殊なスキルが必要だと身構えられている先生方には、むしろ産業医業務のハードルが下がったのではないかと思います。医師、そして、人としての良識があれば、経験を重ねるほど、十分に対応し得る仕事だと実感されることでしょう。

業務に伴う「産業医ジレンマ」

冒頭の「産業医は儲かるか」という話に戻りましょう。確かに、1社1時間程度の産業医業務が増えれば、それだけ報酬は増えます。しかし、問題はそこからです。

「この業務内容で、これだけの報酬を得るのは、果たして妥当なのだろうか?」
普通の感覚であれば、そんなジレンマに陥り始めます。単純に時給換算をしてみてください。勤務医の先生であれば、なおさらそう感じるかもしれません。報酬相場の話はここでは割愛しますが、こんな「坊主丸儲け」な仕事は、極めて稀有なのです。産業医業務を考えている先生方の専門科、バックグラウンド、そして、働き甲斐やモチベーションはさまざまだと思います。しかし、いまそこにいる相談者を前にして、「面倒くさい」「もう勘弁してほしい」と思うようであれば、産業医業務は向いていないと思います。先生方のメンタルに配慮すると、あまりお勧めできる業務ではないからです。上記のようなジレンマを感じるのが、産業医業務に耐えうる資質なのだと思います。

最初はみんな、未経験から

わたしは精神科医として働きながら、週に1日、毎月6社の産業医業務を行っています。最初は1社から始まり、そこから地道に積み上がっていった結果に過ぎません。もちろん、前述したジレンマを抱えたままです。現在、一番業務時間の短いところで1.5時間程度。業務時間の長いところは―ブラック企業ではありませんが、5時間くらいです。いやらしい話ですが、滞在時間の長いところからは、相応の報酬を頂戴しています。当たり前ですが、それ相応の負荷もかかるためです。それでも、長時間を割いて産業医業務を行っているのは、報酬以上のやり甲斐を感じているからに他なりません。

相談者を医療につなげたものの、その後の転帰はどうなるのだろうか?そもそも、メンタルを崩す背景には、何があったのか?果たして、相談者はこの会社で働き続けるべきなのだろうか?その会社の制度自体に、問題はないのか?―など、派生する思いにきりはありません。応用編を執筆する機会があれば詳述しますが、産業医業務は相当に奥深いのです。やっただけ、本業にも匹敵する。場合によっては、それを上回る報酬や満足感が得られる―それが産業医業務です。動機はやや不純でも構いません。一人でも多くの先生方に、この仕事の醍醐味や奥深さを感じていただきたいと思います。最初はみんな、経験がないのは同じです。まずは、産業医の世界に飛び込んでみてください。

【著者プロフィール】
尾林誉史(おばやし・たかふみ)
東京大学理学部化学科卒業後、株式会社リクルート(現・株式会社リクルートホールディングス)に入社。2006年、産業医を志し退職。2007年、弘前大学医学部3年次学士編入。2011~13年、産業医の土台として精神科の技術を身に付けるため、東京都立松沢病院にて初期臨床研修修了。2013年、東京大学医学部附属病院精神神経科に入局。同時期に、精神科の後期臨床研修を岡崎祐士先生(前・東京都立松沢病院院長)のもとで受けるべく、長崎市にある医療法人厚生会道ノ尾病院に赴任。リクルートグループの嘱託産業医を経て、主に東京に本社のある企業6社の産業医も務めている。


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