その「仕事がつらい」は成長痛か、うつ病か―Dr尾林の産業医ガイド(3)

尾林誉史(おばやし・たかふみ)

「産業医という働き方には興味があるが、メンタルヘルスの問題に対応できるかは不安」――。そんな風にお悩みの先生は多いのではないでしょうか。今回は産業保健の現場にて、メンタル問題が生じ、面談業務を行う場面を想定した際の具体的な対応について、わたしの経験から得た診断スキームを示したいと思います。精神科の先生方にとっては、当たり前のことが多いかと思いますが、現場対応の整理の一助になれば幸いです。

【目次】

成長痛とうつ病、どう見分ける?

「正直なところ、仕事がつらい。辞めたいと思っています」――。

産業医として社員の面談をしていると、こんなことを言われる場面があります。その中には、メンタル不調者の基準を満たした相談者も多々見受けられますが、社会人歴が浅い社員の方であれば「そのつらさは社会人としての成長痛なのではないか」という見方をすることもあります。この連載の第1回目でも解説しましたが、以下のような質問を投げかけ、目の前の相談者が「うつ病なのか、成長痛なのか」を見極めることが必要です。

    【スクリーニングするための質問(再掲)】

  • 最近の睡眠リズム(寝つき、中途覚醒、寝起き)はどうですか?
  • 食欲(※)はありますか?
  • 頭痛、吐き気、めまいなど、体の不調はありますか?
  • 最近、憂鬱な気分だと感じますか?
  • 頭の働きが落ちていると感じますか?
  • 趣味や好きなことを楽しめていますか?
  • 消えてしまいたい、死にたい気持ちはありますか?

※場合にもよりますが、わたしは性欲まで聞くこともあります。

丁寧に話を拾うことで、社会人としての自信を獲得できていないことが、相談者の不全の原因と思われるケースは少なくありません。当然ながら、「社会人としての成長痛」が原因で「仕事がつらい」のであれば、医学的なアプローチを急ぐことが相談者の成長の妨げとなる可能性もあります。このように実は、一律にうつ病の診断を行い、環境調整や休職を命じることが正しくないケースも多いのです。「経験値の少なさゆえに、自信を持てていない」と判断した場合(先生ご自身の社会人経験に照らし合わせてみるのが一番だと思います)、特に困っている項目に配慮することもありますが、経過観察が妥当なケースも多いように感じています。ただ、次回以降の産業医面談の設定や、直属の上司への情報共有は行っておいた方がよいでしょう。大切なのは、「あなたの成長を温かく見守っているよ」というメッセージを示すこと。これが最良の処方となります。

適応障害とうつ病をどう見分けるか

先述の質問を投げかけた結果、うつ病の可能性が高いと判断できたとしても、ことはそう単純ではありません。具体的には、それは果たしてうつ病なのか、適応障害なのか。両者を選り分けて考えるのは、精神科の先生でも判断に苦慮する問題だからです。ともに似たような臨床症状を示しますが、薬物療法の適応や回復曲線の描き方など、多くの点で全く異なり、画一的なアプローチは禁物。逆に初動で両者を適切に切り分けて対応することが、相談者の速やかな職場適応、メンタル不全などからの回復を助けます。今回はエッセンスだけをお伝えしますが、中長期的には先生方の経験を通じて、両者の対応を峻別する技術を身に付けていただければと思います。

まずは、相談者の以下の点に着目してください。

  • 勤務状況(長時間労働に陥っていないか)
  • 仕事のやりがい(楽しく職務に取り組めているか)
  • 周囲の援助(困った時に相談に乗れる第三者がいるか)

1つでも該当するものがあれば、「それらを改善することで、相談者の環境(メンタル)が明らかに改善するか」を想像してみてください。該当する項目を取り除いてあげることで、改善の兆しが認められるようであれば、わたしは「適応障害」と考えて行動しています。
一方、該当する項目を取り除いても、相談者自身の“心の水位”が上がる見込みが薄いようであれば、それは「うつ病」と考えるべきかもしれません。適切な医療機関に繋ぎ、メンタルの回復をじっくりと見守る覚悟が必要です。心の水位が上がるかどうか。ここを見極めることが肝要ですが、決して容易なことではありません。しかし、経験を重ねていくことで、適切な判断軸が必ず生まれてくるはずです。

ベースに発達障害がないか

ASD(自閉症スペクトラム障害)やADHD(注意欠如多動障害)などの発達障害をベースに持っている相談者の場合、その二次障害として、うつ病を併発しているケースが増えているように感じます。コミュニケーション力や共感性の欠如、不注意や衝動性などを特徴とした疾患群ですが、これらの診断は容易ではありません。自己記入式スクリーニングシートを用いるのも一計ですが、診断に直結するとは限りません。あくまで、「傾向を計るツール」として、発達障害が疑わしい相談者に対応する補助手段とお考えいただければと思います。ツールの活用も行い、診断の確度が上がってくると、うつ病へのアプローチだけでは、相談者の状況が改善しにくいと実感されることでしょう。

例えばASDであれば、薬物治療には限界があり、相談者自身の物事の捉え方、業務内容、周囲の理解など、全方位的に対応を検討する必要があります。ADHDであれば、成人にも適応のある治療薬がありますが、やはり万能ではありません。発達障害がベースにあると判断し、相談者自身も困難を感じているようであれば、医療機関に繋ぐ必要性は決して低くないと思われます。

ただ、上述と矛盾するようですが、発達障害を抱えていても、大きくは「愛されキャラ」とそうでないケースのどちらかに分類される傾向があることも事実です。前者であれば、医療にまで繋ぐ緊急性は低く、後者であれば、その緊急性は高いかもしれません。まだまだ正しい認識や対応が確立されていない領域ではありますが、今後はより一層、医師としての裁量が問われてくる領域であることは間違いないでしょう。

どんなときも、温かな視線を

今回は、「メンタル問題=うつ病」と想定し、臨床においても産業医面談においても、遭遇する可能性の高いケースを挙げました。上記が全てではありませんが、わたしが日々の産業医業務にて課題意識を持っているポイントを絞り、綴ってみました。共通するキーワードは、「相談者への客観的な診立てと温かな視線」です。先生方の産業医業務へのさらなる理解と、業務上の困難を乗り越えるヒントとなることを、切に願っています。

【著者プロフィール】
尾林誉史(おばやし・たかふみ)
東京大学理学部化学科卒業後、株式会社リクルートに入社。2006年、産業医を志し退職。2007年、弘前大学医学部3年次学士編入。2011~13年、産業医の土台として精神科の技術を身に付けるため、東京都立松沢病院にて初期臨床研修修了。2013年、東京大学医学部附属病院精神神経科に入局。同時期に、精神科の後期臨床研修を岡崎祐士先生(前・東京都立松沢病院院長)のもとで受けるべく、長崎市にある医療法人厚生会道ノ尾病院に赴任。リクルートグループの嘱託産業医を経て、主に東京に本社のある企業6社の産業医も務めている。


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