「この人はメンタル不調」SOSサインを積極的に掴む、3つの条件―Dr尾林の産業医ガイド(4)

尾林誉史(おばやし・たかふみ)

メンタル問題への対応は、問題自体が起こらないよう未然に防ぐ一次予防、早期発見・対応の二次予防、治療や休職・再発防止の三次予防と大きく3つに分けられます。健康経営が騒がれて久しいですが、目指すべきはもちろん一次予防。ただ、現実的には三次予防の対応を行い、二次予防に目を光らすだけで、現場は手一杯なことでしょう。一次予防を諦めましょうと言うつもりは、もちろんありません。しかし、三次予防や二次予防を行うにあたり、工夫の余地がまだまだあるのも事実です。今回は、一次予防を目指すためにも、三次予防と二次予防に焦点を当て、わたし自身の経験からそのヒントをお話したいと思います。

メンタル問題の兆候が現れる前でも、面談を

取りも直さず、基本は面談業務です。しかし、メンタル問題の兆しが現れるのを待って行うのでは、従来型の考え方と何も変わりません。ここで大切なのは、こちらから「兆しを捉えに行く」という、積極型の面談スタイルをとること。皆さん、「そんな時間は捻出できない」「無茶を言うな」と思われたことでしょう。わたしは従業員が100~300名程度の産業医も務めていますが、結論から申し上げますと、十分に可能です。もちろん、それを実践するためには、いくつかの条件が必要となります(下記参照)。

    1. 人事・労務の協力を得ること
    2. 従業員の状況をある程度把握する仕組みを作ること
    3. 面談業務の敷居を下げること

考え方のポイントとなるのは、「産業医が全従業員に一人で立ち向かう必要は全くない」ということ。たとえば、テストで合格点を取るために、友人のノートをコピーしたり、過去問題を解いたりした経験は、どなたでもあるのではないでしょうか。それは知恵であり、工夫でもあります。産業医業務に置き換えると、一次~三次予防のために、社内のリソースをどのように使うか、いかに効率的に現場の課題に立ち向かうかを考えることは、何も恥ずべきことではありません。積極型の面談スタイルをかなえる3つの条件について、具体的に要素分解していきましょう。

1. 人事・労務の協力を得ること

唐突な質問ですが、先生方は、人事・労務のスタッフとの交流の場を定期的に持てていますか?もっと平たく言えば、人事・労務のスタッフと仲良くしていますか?企業によって、産業医に対する人事・労務のスタンスはまちまちですので、まずは、その把握をすることが端緒となります。「この会社は人事が主導しているな」、「労務が一手に担っているな」といった見立てがない限り、責務のはっきりしない担当者から面談者リストを渡され、面談業務をひたすらこなすだけの構造に陥ってしまいます。そしてこれが、三次予防ですら対応することに限界がある現場の実情なのです。

このような事態を防ぐためにも、キーパーソン(1人とは限りません)を味方につけ、先生方の目の届かない範囲をカバーしてもらうことが重要になります。
わたしの場合、とある企業では、人事のキーパーソンと一緒に、組織構造のメス入れを行いました。皆が横並びで上長が不在であり、何か問題が勃発した際の相談先や責任の所在が曖昧だったためです。そこで、ある程度のユニットを組んで、上長を置くことにしました。メンバーは上長に相談ができ、その様子が上長から人事に伝わり、人事からわたしに情報が入る仕組みにしたのです。
一概にメンタル問題と言っても、病状の深刻さだけではなく、従業員のタスクが会社にとってどれだけ緊急性が高いか、などの視点も欠かせません。他の企業では、労務のキーパーソンに面談の詳細なフィードバックを行い、面談対象者の優先順位を付けやすくしました。次回面談の予定者を決定するにあたり、判断材料のひとつとして活用いただいています。

2. 従業員の状況をある程度把握する仕組みを作ること

まず着手しやすいのは、長時間労働に陥っている従業員に対して、何カ月連続で何十時間の時間外労働がある場合、産業医面談を行うなどの基準を作ること。必ずしも面談をするのではなく、状況に応じて、事前に産業医面談の希望を聞いておくのもよいと思います。意外と見逃されがちなのは、健康診断の自覚症状の項目欄。身体愁訴のみならず、メンタル不調のアラームである場合が少なくないため、しっかり目を通す価値があります。

ある企業では、上長クラスのメンバーを集め、講習会(ブレスト)を不定期に行っています。誤解を恐れずに言いますと、大事なのは会のテーマではなく、メンバーへの配慮や対応のポイントに意識を持ってもらうこと。その視点から得られた情報を、キーパーソンなり、わたしなりに伝えてもらうようにしています。
別のところでは、わたしの社内アカウントや名刺を作ってもらい、必要に応じて(面談や社内巡視の時など)従業員の方々に配布しています。「何かあれば、産業医に相談してもいいんだ」という安心感が奏功してか、配布数に比して直接の連絡は少なく、かつ、従業員の定着度も安定している印象を受けます。連絡が来れば、粛々と対応するのみです。

3. 面談業務の敷居を下げること

「産業医面談=メンタル」という先入観は、依然として根強いように思います。産業医は、決して最後の砦ではありません。いざと言う時にも、そうでない時にも、その存在を従業員に知ってもらうことが大切。もし、従業員(全員でなくとも、少数でもよいと思います)に自己紹介をする機会があれば、ぜひ行ってほしいですね。顔が見えると距離がグッと縮まるため、1人で悩みを抱えるリスクの軽減につながると考えています。

わたしの担当先の中には、「産業医面談」と形式ばらずに、「ブレイクタイム」と称してランダムに面談を実施しているところがあります。一度心を許してもらえれば、従業員自ら面談を申し込んでくるサイクルが出来上がり、立派な二次予防に。他の企業では、社内連絡ツール(FacebookやSlackなど、何でも構いません)に不定期で参加しています。産業医としてではなく、プライベートな側面も見せることで、文字通り敷居が下がるのです。話しやすいドクターと、素性のわからないドクター。皆さんだったら、どちらに掛かりたいですか?

以上のような考え方を援用すれば、千人規模、万人規模の企業でも、「対応可能かもしれない」と思いませんか?嘱託産業医であれば、月に数回しか訪問の機会は得られません。対応できることには、自ずと限界が生じてきます。毎日勤めている従業員のことを知るキーパーソンを味方に付け、月に何度も訪れていることにも匹敵するような工夫を施すことで、従業員からも、経営サイドからも感謝され、愛される存在でありたいとわたしは思います。

【著者プロフィール】
尾林誉史(おばやし・たかふみ)
東京大学理学部化学科卒業後、株式会社リクルートに入社。2006年、産業医を志し退職。2007年、弘前大学医学部3年次学士編入。2011~13年、産業医の土台として精神科の技術を身に付けるため、東京都立松沢病院にて初期臨床研修修了。2013年、東京大学医学部附属病院精神神経科に入局。同時期に、精神科の後期臨床研修を岡崎祐士先生(前・東京都立松沢病院院長)のもとで受けるべく、長崎市にある医療法人厚生会道ノ尾病院に赴任。リクルートグループの嘱託産業医を経て、主に東京に本社のある企業6社の産業医も務めている。


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