臨床との違いは?常勤産業医の働き方―日立健康管理センタ産業医鼎談(前編)

産業医歴1年目の若手から経験30年超のベテランまで、常勤医10名ほどが集まる日立健康管理センタ。在籍する医師たちのバックグラウンドもさまざまで、病院に20年ほど勤務していた医師や、初期研修後すぐに産業医になった医師がいます。
医師のキャリアとしては多くない「常勤産業医」の働き方について、同施設の産業医3名に聞きました。
(取材日:2019年3月20日)

<お話いただいた先生方>
林圭介先生:大分医科大学1988年卒。内科医として病院勤務後、日立健康管理センタに10年勤務。
渡辺祐哉先生:信州大学2015年卒。初期研修後、日立健康管理センタに2年勤務。
朝長諒先生:愛媛大学2016年卒。初期研修後、日立健康管理センタに1年勤務。

左から朝長先生、渡辺先生、林先生

日立健康管理センタ概要

社員約3万5000名が勤務する日立製作所の産業保健活動を担う。1985年に設立され、現在は常勤医10数名を含む合計120名超が在籍している。産業医全員が1拠点に集約することで、働きやすさや指導体制を充実させていることが特徴。また、数万名の健康情報を電子データベース化したり、大学や他企業と共同研究を進めたりするなど、先進的な取り組みでも注目されている。

産業医と臨床の違い

―林先生は臨床で長年活躍した後、産業医になっています。臨床との違いは何でしょうか。

林先生

臨床の世界と最も違うのは、その場に答えがないことですね。臨床医学では目の前の患者さんを診て必ず何らかの診断を下さなければなりません。経過観察とする場合にも、「このまま観察してもこの患者さんは大丈夫だろう」という診断が必要だと思います。

産業医学の場合には、すぐに判断せず待てるんです。宿題として持ち帰って調べる、ということができる。もちろん臨床医も産業医も間違えてはいけないのですが、産業医の場合には間違えたときや誤解を与えたときの影響範囲が大きいんです。少なくとも数十名、大きな事業所になると数千名規模で誤情報が広まってしまう。そうなると、後で訂正するのが難しいんです。

渡辺先生

裏返すと、3万5000名の会社全体を変えられるダイナミズムがありますよね。一従業員だったら、提案してもまず通らないようなことが、産業医の立場だと実現する。
通常業務であっても、日立は工場で有害物質をたくさん扱っていて安全対策が求められたり、オフィスワーカーも多くてメンタル面での対応が必要だったりして、暇な日はなかなかないです。充実感があります。

―朝長先生は初期研修2年を終えて、日立健康管理センタに入職していますが、違いを感じますか。

朝長先生

林先生のおっしゃるように、責任の重さを感じます。日立は歴史ある企業でさまざまなノウハウが蓄積していますし、産業医も多いですが、社員が大勢いて、事業所の数も多い。ルールを大きく逸脱することはなくても、事業所ごとに独立していますから、すべてを完全一律にコントロールするのは難しいと思います。

だから、巡視しているとリスクに繋がり得ることを発見することもあります。歴史ある大企業であっても、是正すべき点はありますし、油断してはいけないのだと感じます。こういうことは日立に限ったことではないでしょうし、産業医として大切な視点なのではないかと思います。

林先生

常勤産業医になる理由はさまざま

―渡辺先生と朝長先生は、産業医科大学などのご出身ではありませんが、初期研修を終えてすぐに専攻医として産業医の道を選んでいます。なぜ産業医になろうと思ったのでしょうか。

朝長先生

実は、医学部に入るまでは産業医の存在すら知りませんでした。特別講義で産業医の先生にお話を伺う機会があったのが、産業医に興味を持ち始めたきっかけです。それまでは、「医師=病院で働く」というイメージでしたが、患者さんとして病院に来る前に人々をサポートできたら働き甲斐があるのではないかと感じました。研修医のときは臨床医になろうかという思いもありましたが、まずは産業医を経験してから将来を考えようと思ったんです。

渡辺先生

地方病院で初期研修を受けていたとき、残業・休日も関係なく働いていて…… たしかに臨床も面白かったんです。ただ将来を考えたとき、そのままやっていくより、もう少しQOLのウェイトも欲しいと思いました。そのときに選択肢として産業医が挙がってきたんです。だから正直、QOLが高いというのが最初のきっかけです。

ただ、今は産業医としてのやりがいも感じ始めています。今後は予防医療の重要性が増していくでしょうから、産業医資格を持っている先生方が予防医療に本腰を入れ始める前に、しっかりと学んでアドバンテージを持っておきたいと考えています。今はセンタ長に相談して、博士号取得のために東京の研究機関に毎週通わせてもらっています。

渡辺先生

―林先生は、どのように産業医の道に入ったのでしょうか。

林先生

私が大学を卒業した1988年は、臨床医になるのが当たり前で、それどころかメジャー科に行くのが普通の時代でした。私も当然のように内科医として大学医局に入り、当時はまだ産業医を知りませんでした。公衆衛生のテキストを見れば書いてあるはずですが、見た記憶もない。だから産業医になるという選択肢はゼロでしたね。その頃は、「一人前の内科の医師になりたい」という思いのみでした。

入局してからは四六時中、医局にいて、内科医への道を突き進んでいました。ところが10年ほど経った頃から、身体がもたなくなってきたんです。私がいたのは地方病院で、1か月働いて、休みが1日あるかないか。内科だと、他科の当直日にもオンコール待機する体制の上に、時間外勤務も多い。

診療科の役割分担も曖昧でした。専門医は少なく、極端なことを言うと、「明らかな外科系疾病以外は内科が診る」というような場面もありましたから、業務量も膨大です。その上、ちょうど医療訴訟がだんだん活発になってきた頃で医師と患者さんの関係もギクシャクしてしまっていた。「このまま臨床医を続けるのは無理だ」と思ったんですね。たまたま結婚や教授退官のタイミングと重なり、退局したんです。
だからお恥ずかしい話ですが、予防医療に尽くしたいといった話より先に、私自身の「このままだと物理的に生きていけない」という悩みが産業医になったきっかけでした。

―産業医になって、QOLは変わりましたか。

林先生

劇的に変わりました。当センタに10年いて、土日に呼ばれたことが一度もありません。時間外の手当はありませんが、給与を時給換算で比較すると前職よりもむしろ高くなっています。

渡辺先生

研修病院ともだいぶ違いますね。市中病院でしたから研修医が戦力で、年末年始もお盆もありませんでした。

―林先生と違い、若手のお二人は産業医という選択肢が医学部時代からありました。時代が変わってきたのですね。

林先生

そうですね。情報が広がってきて、産業医が選択肢に入りやすくなってきていると思います。若手の先生は、キャリアに関する情報を驚くほど知っています。自分が同じ歳の頃は何も知らなくて、とりあえず一歩進もうというやり方でしたから。

ただ、今でも臨床を選んだり、何ならメジャー科を選んだりする方が一般的だと思います。渡辺先生も朝長先生もご自身なりの生き方を選んでいるのは、勇気のあることだと思います。

朝長先生

産業医に向いているか分からないので、とりあえず一歩を踏み出してみようかと思って入社しました。その中で、多くを体験でき指導体制のしっかりしている当センタを選びました。やってみて向いていなかったら臨床に戻るという選択肢もありますし……。

渡辺先生

私は、医療業界の今後は厳しくなると思っています。国民皆保険制度が今のように維持できるとは思いませんし、そうなると患者さんの自己負担も増える。そうなったら、患者さんにとっては実質値上げですから、「値上げしたなら、その分の対価を」と求めるはずです。
ただ、医療側からしたら既に医療サービスを高い水準で提供していますし、医療以外のサービスを向上させるのも限界があります。その点、予防医学はまだまだ需要が高まるのではないでしょうか。

朝長先生

病院勤務医から産業医への転向、大事なこととは

―病院勤務から産業医に転向することについて、どう思いますか。

渡辺先生

林先生の、相手の気分を害さずに伝えるべきことを伝えるトークスキルが勉強になるのですが、きっと外来経験が豊富だからですよね。私はあまり外来をやってこなかったので、そこが全く及ばないところだと感じます。

林先生

たしかにずっと外来やっていたのはアドバンテージかもしれませんね。専門科以外の疾病も診ていましたし、私のように地方病院出身だと色々な方を診てきましたから。

病院勤務の長い先生であっても、産業医は始めやすいと思います。先ほどお話したように、分からないことがあっても待ってもらう余裕がありますから。
一方で、相手の話を聞けない方は適性がないでしょう。医療機関ですと、いくら医師と患者さんが対等だと言ったところで、一部を除けば患者さんが弱い立場です。皆さん、治療してもらいたくて来院するわけですからね。
ところが、産業医は違う。産業医は周りに動いてもらわないといけません。だから同じ従業員として、同じ立場の目線から話を聞くことが大事です。そういう姿勢を取れる方なら、産業医としてご活躍できると思います。


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