開かれたコミュニティを生んだ、地域包括ケアの「柏モデル」―平野清氏(医療法人社団清風会 平野医院)

地域包括ケアシステムの先進例「柏モデル」で知られる千葉県柏市。この地で、地域包括ケア従事者のコミュニティづくりに一役買っているのが、平野清先生です。先代から60年以上にわたって外来と在宅医療に取り組みつつ、行政や医師会といった組織の力も生かして、医師に負担が偏らない仕組みを作り上げてきました。今回は2009年から取り組みが始まった「柏モデル」の現状と、次世代に引き継ぎたい平野先生の内なる思いを聞きました。(取材日:2017年10月31日)

朝から晩まで診療する“親父の背中”を見て医師に

―地域包括ケアシステムの先進事例である「柏モデル」は、医師会に所属する開業医を巻き込んだ在宅医療の普及や、所属や職種にとらわれない良好な多職種連携といった特徴がありますが、この取り組みが始まった経緯を教えてください。

「病床削減と在宅医療の普及」を医療政策に取り入れた辻哲夫先生(元厚生労働省事務次官、東京大学特任教授)が、それを体現する地域をつくりたいという思いで2009年から始まりました。

柏市市街地は「プチ渋谷」と称されるほど若い世代もいて活気がありますが、高齢化率は2009年の時から20%を超えており、団地のある一部地域では40%を超えるところもありました。市内にある病院の病床稼働率は9割近くにのぼっており、いかに自宅で療養できるかは喫緊の課題でした。辻先生が所属する東京大学のキャンパスが柏市にあったこと、UR都市機構が団地の建て替え中だったこともあり、行政、東京大学、UR都市機構がタッグを組んで、地域包括ケアの体現に取り組むこととなったのです。

-平野先生自身はどのような経緯で「柏モデル」の中心メンバーになっていったのですか。

たまたま行政の保健福祉部の方につないでいただいたのがきっかけです。「柏モデル」が描いていた地域包括ケアシステムのあり方は、わたしが夢見てきた地域づくりそのものだったので、「これはやるべきだ」と思って医師会に舞い戻り、役員も一新させて「柏モデル」づくりに取り組み始めました。

―平野医院は、先代から地域に根付いた診療をされていると伺いました。

「在宅医療」や「地域包括ケア」という言葉が広まる前から、外来診療と、今で言う訪問診療・往診をしています。初代院長の父は小児科を専門としながらも、いわゆる家庭医として年齢や時間を問わずに診療していました。一人息子として“親父の背中”を見てきましたし、もともと開業するつもりで医師になったので、父の遺志を引き継ぐのは自然な流れでした。24時間365日の仕事ですが「楽しい」「苦しい」と感じるよりも「これが当たり前」と思っていましたね。今はわたしの息子と娘も医師となり、一緒に診療をしています。

1人で悩まないような、仕組みと関係をつくる

平野清 医師―平野先生は、柏モデルの医療分野で、どのような取り組みを行ってきたのでしょうか。

在宅医療や多職種連携を中心に整えていきました。柏モデルでは、在宅専門の医師を増やすよりも、今いる開業医がいかに在宅医療に関われるかを考えました。しかし、開業医の先生方がそろって口にするのは24時間365日の不安。そこで、(1)主治医・副主治医制、(2)情報共有システム、(3)多職種連携、(4)市民啓発という4つの柱を確立することにしました。

―主治医・副主治医制とは、具体的にどのような仕組みですか。

患者さんの緊急時、主治医が対応できない時に副主治医が駆けつけるというシンプルな仕組みです。はじめの2年間はお試しで、わたしが副主治医として6人の開業医をバックアップしました。蓋を開けてみたら、試行期間の2年間で往診したのはわずか3人、どれもお看取りでした。在宅医療は「今後こうなるだろう」と予測を立てたうえでの診療と指示をしますから、思っているよりも往診が少なかったのです。こうした安心感が示せたので、徐々に在宅医療を担える医師が増えており、お互いに協力し合えるようになってきました。こうした助け合いの関係が生まれている背景には、「顔の見える関係会議」を行っていることがあるかもしれません。

千葉県 柏市―「顔の見える関係会議」とは、どのような会議なのですか。

年4回行っている多職種連携会議です。他に、年に1回集中して行う在宅医療研修もあります。座学よりもグループワークが多いので、開口一番、先生方には「威張らず、意見を聞く側に回ってください」と伝えています。医師の中には、意見を言わないと邪険に扱われるのではないかと不安になる人がいますが、コメディカルは医師に敷居の高さを感じているもの。多職種連携は一朝一夕にはできないので、お互いの垣根を低くするには、何度も話し合っていくしかないと思います。

―多職種連携の難しさは、どのようなところにあると思いますか。

言葉だけのコミュニケーションでは、ちょっとした誤解や溝が生まれやすいと感じています。たとえば、ケアマネジャーから「あの先生はああいうことを言っていた」と聞いた時、本人を呼び出して直接聞いてみると「そんな意味では言っていない」ということがよくあるんです。

そもそも多職種連携が難しいのは当たり前で、医師同士ですら診療スタイルが違いますし、職種ごとに大切にしているポリシーも違います。柏市では、そういった個々の気持ちを潰さないよう、楽しい雰囲気、オープンな姿勢を心がけています。最近の「顔の見える関係会議」では、患者さんや視察に来た方にも参加してもらっていますし、現場を見たい人は、わたしの往診に同行して実施研修をしています。柏市医師会も、基本的にはどんな医師でも歓迎。研修後の懇親会も回を重ねてきたので、そろそろ腹の見える関係ができてきたかもしれませんね。

―会議を行うにも少なからず資金がかかると思いますが、どのようにやりくりしているのでしょうか。

多職種への呼びかけや場所の確保といったコーディネートはすべて行政が行っています。医師の参加はボランティアの部分もありますが、最初からお金を気にしていては始まらない。今の制度上、在宅医療を受ける患者一人あたりの診療報酬は外来患者40名分くらいに相当するので、今かけた労力はいつか医療費として返ってくるはずです。
それに在宅医療の不思議なところは、医療費を抑えながら、病院よりも長生きするケースが多いこと。我が家はいかなる薬にも勝るんですね。そのためには、患者さんを送り出してもらう病院側の理解も必要です。

―病院側の理解は、どのように得ていったのですか。

病院長に在宅医療の話をして回りましたが、当初は「完治しなければ退院させられない」と考える病院が多かったです。一方で、これ以上治療ができないとわかった途端、いきなり退院を促すこともあり、患者さんの中には見捨てられたという気持ちを抱く方もいました。そこで、在宅では終末期間際でなくても支える医療ができること、患者さんを見捨てないようにかかりつけ医にバトンタッチをしてほしいことを伝えていきました。

拠点数が増え、お互い様の精神が醸成

地域包括ケア 柏市―プロジェクト開始から約8年経ちましたが、現在、どのような変化を感じますか。

数値的な部分は着実に増えています。最初、在宅医療を行う医師は、わたしを含めてたった3人でしたが、今は20人ほどになりました。拠点数も着実に増えていて、在宅療養支援診療所は14カ所(平成22年4月)から32カ所(平成28年度)、訪問看護ステーションは11カ所(平成23年12月)から27カ所(平成28年度)と、それぞれ2倍以上増えていますし、自宅での看取り数も47件(平成22年度)から259件(平成28年度)と、確実に増えています。

一般市民への周知は一番時間がかかっていますが、患者さん本人やご家族の方から在宅医療を希望されることが増えてきたので、徐々に広まってきたのではないでしょうか。

―柏モデルの中で、医療と介護、職種を問わず協力したからこそ生み出せた支援など、地域包括ケアを体現したような事例はありますか。

認知症を患う女性患者さんのことが印象に残っています。息子さんが献身的に介護をしていたのですが、ある日、食が進まなくなり、1回に3時間もかかるようになってしまった。嚥下の悪化が予想されたので、歯科医に診療をお願いしたのですが、その前に歯科助手が食事介助をしてみたんです。そうすると、なんと30分で完食。診断結果は、嚥下が落ちているのではなく、認知症の症状で“食べること”を忘れてしまったのだろうとのこと。

本件を柏市の情報共有システムで共有したところ、その歯科助手の食事介助を学びたいという専門職が、訪問看護ステーション、デイサービス、訪問介護事業所などさまざま勤務先から集まりました。医療と介護がお互い様の精神で多職種と触れ合うことで「そういうやり方、考え方があるんだ」と新鮮な驚きがあったようです。

医療法人社団清風会 平野医院―一連のお話をお伺いして、所属や職種を超えて高齢者を支える地域包括ケアが具現化しつつあると感じますが、今後の展望を教えてください。

柏モデルが上手く機能すれば、病院の病床稼働率が上がり、在宅医療を受け持つ診療所の患者数が増えます。さらに、市民は住み慣れた自宅に戻れて、行政にはクレームが出ないとなれば、「柏モデル」では全員がハッピーになれるのです。とはいえ、日々新しく加わる仲間もいますから、連携をより深化させることは今後の課題。そして、今取り入れている主治医・副主治医制は、現行の診療報酬には反映されていないので、きちんと診療報酬が受け取れるように政策提言をしていきたいと思います。

先ほども言った通り、柏市では楽しくオープンな活動をしているので、地域包括ケアを学びたい医師はいつでも歓迎しています。他の地域で実践したい方は、一人では限界があるので、地元の医師会などに相談して組織の力を借りたうえで、今後の地域の在り方を考えていってほしいと思います。

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