医師を離島医療に掻き立てた“一本の電話”―石橋興介氏(竹富町立竹富診療所)

「力を貸してほしい」―。この1本の電話が、竹富診療所、そして一人の医師のキャリアを大きく変えました。2015年、竹富診療所に赴任した石橋興介氏は、島の人の健康に危機感を覚え、住民と一緒に島の健康づくりを推進。その取り組みが評価され、竹富診療所は厚生労働省主催「第6回 健康寿命をのばそう!アワード」の生活習慣病予防分野で、厚生労働大臣最優秀賞を受賞しました。竹富島の今、そして未来を石橋氏はどのように見つめているのでしょうか。(取材日:2018年4月14日)

課題解決のために、離島医療に携わりたい

―竹富町立竹富診療所に着任されるまでの経緯を教えてください。

わたしは曾祖父、祖父、父と3代続けて外科医という家系に生まれましたが、医師になろうという考えはあまり持っていませんでした。父は多忙でほとんど家にいなかったため、「こんなに忙しいなら医師にはなりたくない」と思っていたのです。

そんな考えが一転したのは、趣味の沖縄旅行中でのこと。八重山諸島で、たまたま釣りをしていた島の医師から「島の人たちは、長年暮らした地で最期を迎えることができない。微力ながら、その状況を少しでも良くしようとしている」という話を聞きました。それを聞いて、このような問題を解決するために医師を目指したいという気持ちが芽生え、医学部進学のため猛勉強。何とか岩手医科大学に進学することができました。

医学生時代も一貫して、「離島や医療資源の少ない地域の医療に携わりたい」と言い続けていました。ところが学年が上がっていくにつれ、現実的に考えて離島に行けるのは、若いうちか、定年退職後のどちらかになるのではないか、と考えるようになっていたのです。沖縄赤十字病院で初期研修を受けた後、父の体調が悪くなり、故郷である福岡県に帰って内科医として働いていました。そして2014年3月、竹富町役場から「力を貸してほしい」と突然電話がかかってきたのです。

―そのオファーを受けて、赴任を決意したのですか。

そうですね。父のことはもちろん、子どもが生まれて間もなかったこともあり、かなり悩みました。しかし、わたしが医師になった原点は、離島で医療に携わること。自分が一番好きな竹富島から電話をいただき運命的なものを感じましたし、将来的には実家を継ぐだろうことを考えると、今この機会を逃したら次いつ行けるか分からないと思ったのです。少し無理はありましたが、家族の理解と協力を得て、2015年4月に竹富診療所に着任しました。

亡くなる方の3人に1人が65歳未満

―赴任してから、どのようなことに取り組んだのですか。

赴任して最初に驚いたのは、脳心血管イベントの多さ。人口350人程の竹富島で、1年間に7件発生していたのです。これは問題だと感じて原因を探っていったところ、竹富町の1人当たりの年間医療費と費用額全体に占める入院費用の割合から、普段検診や受診をせず、重症化してから病院に来ていることが予測できました。

さらに、脳心血管イベントを起こす動脈硬化の危険因子、高血圧症・脂質異常症・糖尿病を患っている人数と年代別分布を調べたところ、高血圧症61人、脂質異常症42人、糖尿病17人。このうち2つの危険因子を持っている方は27人、3つ持っている方は17人でした。人口約350人から未成年を除いた母数を考えると、いかに高い割合か分かると思います。そして驚くことに竹富町は、亡くなる男性の3人に1人が65歳未満だったのです。

このことから、高齢者は元気で、若い世代の生活習慣が著しく悪いことが分かりました。隣の石垣島に地域拠点病院があるものの、赴任当時は脳外科医と心臓血管外科医が不在という状況。救急医療体制も医療資源も限られている中で、予防医療が重要になってくると考え、もともと健康づくりのためにあった取り組みを有効性の高いものに再構築していくことに乗り出したのです。

―具体的な取り組みについて教えてください。

まずは、公民館、学校の校長先生、郵便局長、老人会、婦人会、青年会、町役場の職員、保健師、栄養士のトップを委員として呼び、診療所スタッフも含めた健康推進部会を結成しました。そこで疫学データを共有し、何が必要かを話し合い、プロジェクトを「ぱいぬ島健康プラン21in竹富島」と命名。具体的な取り組みの企画、運営、住民への参加呼びかけを行うよう、組織立てていきました。

プロジェクトの大軸は2本。「体の健康づくり」と「心と頭の健康づくり」です。体の健康づくりでは、ウォーキング、島の清掃活動、体力測定会、健康体操教室、3世代ゲートボール大会、最近では映像を見ながら同じ動きをして体を動かすJOYBEATを実施。心と頭の健康づくりでは、医療講話、料理教室、保健指導、心肺蘇生法講習会、古謡教室、そして禁煙外来&喫煙防止教室を開催しています。

動脈硬化の危険因子を持っている方には、健康推進部会のあらゆる方面の方から積極的に声をかけてもらうことと、診療を予約制にして毎月の血液検査で数値の推移を自ら確認してもらってきました。その結果、「ぱいぬ島健康プラン21in竹富島」の活動への参加率が上がり、徐々に効果が現れてきています。具体的には、ウォーキングはすっかり習慣化することができたので、参加ルールを緩めることができました。医療講話では、始めた当初は高齢者の参加率が高かったのですが、今はターゲットである若い世代の参加率の方が高くなっています。これに付随して、竹富島内に2店舗あったタバコ販売店は、いずれもタバコの販売を辞めました。島内でのタバコ販売が一切なくなったため、島全体で喫煙率が35%減少。これらのことから、健康づくりが竹富島全体に少しずつ浸透してきていると感じています。

―健康づくりが浸透してきた秘訣は、どんなところにあると感じていますか。

健康に目を向けてもらいたい人のところに、自ら入り込むことだと思います。例えば、飲み会に顔を出すこと。わたしは飲み会に参加している住民と打ち解けられますし、その場で参加者の食生活もチェックできます。

これまで糖尿病をはじめとする生活習慣病を専門に診てきましたが、正直なところ、診療が多忙で、患者さんの社会的背景や生活習慣まであまり意識していませんでした。数値を見て、薬を処方するのみで、薬をちゃんと飲めているかまでチェックできていなかったのです。島に来て初めて、「こういう食生活をしていれば糖尿病になる」「喫煙して、お酒をこれだけ飲んで、運動もしなければ、こういう数値になる」と分かるようになりました。当たり前かもしれませんが、患者さんの日常を知るために行動し、どうやったら現状を改善してくれるかを考えられるようになったからこそ、成果が出てきたのだと思います。この「ぱいぬ島健康プラン21in竹富島」プロジェクトが評価されて、竹富診療所は厚生労働省主催「第6回 健康寿命をのばそう!アワード」の生活習慣病予防分野で、厚生労働大臣最優秀賞を受賞することができました。

竹富島の取り組みを、予防医学のモデルケールに

―今後の展望はどのように描いていますか。

いずれは実家を継がなければいけないので、いつか島を出る時が来ると思いますが、竹富島との関係が切れてしまうことだけは避けたいと考えています。医師一人で島の医療を守っていくことは決して楽ではありません。そのため、歴代の医師が後任の医師を支える仕組みがあるべきだと思います。わたし個人としては、竹富島を離れたとしてもこの島の疫学データを追いかけ続けたいと思っているので、1年に1回は健康講話に来るなどして島の人たちと交流を続けながら、後任のサポートもできたらいいですね。

今は、成果が出つつある「ぱいぬ島健康プラン21in竹富島」を、島の人たちと一緒にブラッシュアップすることに注力したいですね。諸外国では医学として確立している予防医学ですが、日本ではまだまだ認知されていません。しかしながら、国は医療費削減の方向で動き始めているので、今以上に予防医学が重要になってくるはず。予防医学がより求められるようになった時に、竹富島の取り組みがモデルケースとして全国に広げられるレベルになるように高めていきたいです。


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