パラレルキャリアを叶えやすい医師こそ、もっと自由に働ける―折居麻綾氏(あかしあ脳神経外科 院長)

レインボーカラーのヘアスタイルに、奇抜なメガネとファッション。見る者に強烈なインパクトを残すこの女性―折居麻綾氏の職業は、脳神経外科医兼ファッションデザイナー。2015年7月のテレビ番組出演を皮切りに、2足のわらじを履く医師として注目を集めています。現在はあかしあ脳神経外科にて院長を務める一方、北海道の釧路孝仁会記念病院に10年以上当直医として通っています。10年間釧路に通い続ける理由、そして、医師とファッションの仕事を両立させる原動力について伺いました。

「これだ」と思って脳神経外科を目指す

―脳神経外科医兼ファッションデザイナーという2つの顔をお持ちの折居先生。
 これまでの経歴について教えてください。

取材時に着用していたのは、自身のCT画像を花柄に見立てたデザインのカットソー

取材時に着用していたのは、自身のCT画像を花柄に見立てたデザインのカットソー

開業医である祖父の背中を見て育ったこと、祖母に「手に職を持って生きていきなさい」と言い聞かせられていたため、自ずと医師を目指すようになりました。脳神経外科医を志したのは、岩手医科大学1年生のとき。医学総論という授業で、岩手医科大学脳神経外科小川彰教授(当時)が手術する様子をビデオを見て、「これだ」と思ったんです。開頭を許されるのは脳神経外科医だけですし、外科領域でも特にスペシャリティが高い分野だと感じて、その道に進もうと決意しました。

卒業後は、慶應義塾大学病院脳神経外科に入局。「これからは女性医師も脳神経外科で活躍できる時代。細かい作業も多いので女性に向いている科目だと思います」と河瀬斌(たけし)教授(当時)がおっしゃられ、とても励みになりました。平塚市民病院、東京医療センターなどで研さんを積み、大学病院に戻って専門医を取得。その年に大学院に入学して触覚について研究していましたが、履修審査のときに「今まで何をしていたのか」と怒られるくらい情けない発表をしてしまって―。自業自得とはいえ、ぼう然自失のまま電車に乗り込み、今後どうすべきかを考えていると、日本外国語専門学校の海外芸術大学留学科オープンキャンパスの広告が目に飛び込んできたんです。「わたしは研究に向いていないから好きなことで留学しよう」と思い立ち、気付けば留学するための行動を起こしていました。

医局に報告したときは驚かれましたが、休職を許してくださり、ロンドンにあるセントラル・セント・マーチンズに留学することができました。名門と称されるだけあり、世界中からデザイナーを目指す志の高い人たちが集まっていて圧倒されました。結論から言うとそこでも挫折を味わい、ビザトラブルも重なって帰国してしまうのですが、チャレンジしない方が後悔すると思ったので、今ではうまくいかないことだらけだったとしても留学に行ってよかったと思っています。

―帰国後、どのように復職したのですか。

留学中の長期休みに一時帰国してアルバイトしていた医療機関でお世話になったり、自分で他のアルバイトを探したりと単発的な勤務をしていました。医局の皆さんに申し訳ない気持ちがあったので、帰国後しばらくは関係各所に連絡できなかったのですが、「折居が帰ってきたらしい」とうわさが立ったようで…。ありがたいことに慶應関連の病院から「人手が足りないから、もしよかったらパートで来てくれないか」とご連絡いただき、医師の仕事を本格的に再開。その一方で、勉強したことをどう活かしたいのかを考えて、作品を作ったり、スタイリストのアシスタントをしたりするようになりました。

現在の働き方としては、土日は当直、月曜午後・火曜午前午後・金曜午前は外来勤務、水曜と木曜はデザイナーの活動にあてています。具体的には2016年5月から東京都小平市にある、あかしあ脳神経外科の院長を務めており、週末は釧路まで当直勤務に行っています。デザイナーとしては個展を開いたり、販売を始めたりしている段階でようやくスタートラインに立てたところだと思っています。

10年間、釧路で当直医を続ける理由

―医師とデザイナーという職業を行き来している折居先生が、
 10年以上診ているエリアが道東エリアです。
 そもそも、どのような経緯で道東に行くようになったのでしょうか。

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診療時には、黒のウィッグを被っている折居先生

わたしが10年来当直に行っている釧路孝仁会記念病院は、もともと慶應義塾大学医局員が交代で当直していたところ。最初は先輩の代打で3ヶ月に1回、翌年から月に1回、そしてほぼ毎週末行くようになりました。当初は、救急車で2~3時間かけて運ばれてくる患者さんがいることにカルチャーショックを受けましたね。当直すればするほど釧路の先生方がいかに大変か、医療提供が追いついていないかが見えてきたんです。

2016年12月現在、釧路医療圏内の総人口約23万3000人に対して脳外科医は約20人、近隣の根室医療圏は総人口約7万7000人に対して脳外科医は1人。釧路の先生方は出張外来に行かれることも多く、外来先に車で2~3時間運転して帰ってきた後に自分の病棟を診るというように、釧路一帯をぐるぐる回って働かれています。もちろん、この人数では対応が難しいので道内外から応援を頼んでいますが、定着して診てくださる先生はそう多くはないため、もとからいる先生方が疲弊しがちな環境なんです。ですから、せめて、土日だけでもわたしが診ることで先生方の負担を軽減できたらと思い、週末の当直を続けています。

―医師不足以外に感じている、道東エリアの課題があればお聞かせください。

地域全体で高齢化が進む中、高齢の患者さんをどのようにケアしていくか、ではないでしょうか。搬送されてきた患者さんのご家族を呼ぼうとしてもすぐ来られる距離にいない、退院後に1人で社会生活を送ることが難しい患者さんは施設に頼らざるをえないのが現状。高齢患者さんは今後ますます増えていくので、そのような方を地域全体でどう診て、どう守っていくかが大きな課題だと感じています。そもそも、患者さんを診る医師が少ないことが一番の問題。それが原因で医療提供できなくなってしまっては、元も子もありません。

わたしは非常勤医として自由が効く働き方をしているからこそ、週末当直医ができています。患者さんのためにも、医師のためにも、自分だからできることを続けて、継続的な医療貢献をしていきたいと考えています。

医師はもっと、自由に働ける

人体の組織を元にオリジナルのテキスタイルを作ったり、グルーガン(接着用樹脂)を用いて立体的なドレスを作ったりとデザイナーとしてのこだわりも。

人体の組織を元にオリジナルのテキスタイルを作ったり、グルーガン(接着用樹脂)を用いて立体的なドレスを作ったりとデザイナーとしてのこだわりも。

―ありがとうございます。最後に、キャリアの両立についてお聞かせください。

よくどのように切り替えているのかを聞かれますが、その必要はあまりないと思っています。自分自身がしていることなので、全て地続きだと考えています。自分が「面白い」と思うことをしていたいからこそ、両立できているのかもしれません。

ファッションデザイナーとして活動し始めてから、さまざまな人に出会う機会が増えました。医師の経験を活かして医療系会社を立ち上げたり、医師と弁護士のダブルライセンスを持っていたり…異なる側面を持つ働き方をしている医師って意外と多いんです。最近では大手企業で副業解禁の流れが出てきているなど、柔軟な働き方ができる時代に差し掛かっていると感じています。今後、職種、立場問わず、あらゆる「枠」を超えて働く人たちが増えていくのではないでしょうか。医師はそれを叶えやすい職種ですし、もっと自由に働くことができるはず。「2足のわらじ」をバランス履くことで、経験も社会貢献の幅も広がりますし、モチベーションも高くなりますし、今以上に楽しく働けるのではないかと思います。わたしのキャリアの歩み方を見て、「好きなことにも挑戦してみようかな」「そういうキャリアもありだな」と思う方が1人でもいらっしゃればうれしいですね。

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