2人の子持ち医師が、あえて通勤2時間の病院で働くわけ ―斎藤 舞子氏(東埼玉病院)

祖父の死をきっかけに無医村を知り、地域医療を志した斎藤舞子氏。初期研修を通じて理想の医師像と出会い、医療資源の少ない地域で医師として働く決意を固めます。それを実現するために選んだ勤務先は、自宅から片道約2時間かかる東埼玉病院。斎藤氏の原動力、そして、地域医療にかける思いとは―。(取材日:2018年3月29日)

原点は初期研修のへき地医療経験

―斎藤先生が地域医療を志した理由を教えてください。

九州地方のいわゆるへき地で、祖父が小さな医院を開いていたことがきっかけです。わたしが高校生の時に祖父が亡くなり、医院があった地域が無医村になってしまって―。当時わたしが住んでいたのは千葉県だったので無医村自体を知らず、祖父が亡くなって初めて、地域によって医療格差があることを知りました。その格差を少しでも減らしたいと思い、地域に根差した医師になろうと決めたのです。

しかし、医学生になってからは産婦人科医を熱烈に目指すようになりました。産婦人科や小児科は医学生が感化されやすい科だと思いますが、わたしも自ずとそうなっていったのです。大学卒業後は自治医科大学の産婦人科に入局すべく、初期研修を自治医科大学で受けることにしました。ご存知の通り、自治医科大学は初期研修のうちからへき地医療に触れる機会が設けられています。結果的にそのカリキュラムによって「地域に根差した医師になる」という初心を思い出し、改めて決意を固めました。

―初期研修で経験したへき地医療とは、どのようなものだったのですか。

医師が6人しかいない、群馬県にある病院で研修を受けました。診療科を問わず、子どもから高齢者までの全ての診療・治療をみんなで協力してやるようなところで、内科の医師が外科の手術に入ることも当たり前。一人の患者さんを助けるために、医師全員が専門を越えて奔走していました。

都市部の病院は医師も研修医も多いので、初期研修医は見学しかできないこともあるかと思いますが、わたしが行った病院にはそんな余裕はありませんでした。初期研修医でも「はい、麻酔かけて」と言われれば「わたしが!?」と驚く間もなく、指示通りにどんどん手を動かす―。このような状況下で6人全員が、言葉通り、走りながら協力して医療にあたる姿を見て、「こういう医師たちが地域を支えているんだ」と衝撃を受けました。その病院にいたのはわずか1カ月だけでしたが、医師10年目となった今でも、濃厚な経験として心に残っています。この経験がわたしの原点であり、いろいろ指導していただいた先輩医師のように「何でも診られる医師」が理想とする医師像になりました。

片道2時間かかる医療機関で働く理由

―地域医療に従事することを決意されて、東京医療センターで総合診療医の後期研修を修了された斎藤先生。勤務先に東埼玉病院を選ばれた理由を教えてください。

東京医療センターは急性期病院なので、退院された患者さんがその後どのように過ごされているのか、知りたくても知ることは難しい環境でした。退院された患者さんの様子が分からず、モヤモヤした気持ちを抱えることが多く、入院から退院後の生活まで一貫して診られる環境に身を置きたいと考えていたのです。

同じ法人内の東埼玉病院は、急性期病院ではないものの、医療資源が少ないためにどうしても急性期のような対応が必要な場面もありますし、国立病院機構では珍しく在宅診療も行なっていました。そのため、外来から入院、在宅診療、そしてご自宅で過ごすのが難しくなって施設に入ったとしても、施設の嘱託医も担っているので一貫して患者さんを診ることができます。狭い地域ではありますが、一貫して患者さんを診ることができるのでわたしの希望に合っていましたし、少しでも医療資源が足りない地域の役に立ちたいと思っていたので、都内の自宅から片道2時間弱かかるものの、東埼玉病院に赴任することを決めました。

―約2時間かけて通勤されているのですか。

はい。子どもの教育環境もあり都内に住まいを構えています。ただ、自分がやりたいことやモチベーションの維持などを考えると東埼玉病院が良いと思い、少し遠いですが何とか通える距離なので、当院を勤務先に選びました。

―東埼玉病院のある、埼玉県蓮田市の状況を教えてください。

都心から蓮田市までは、電車で1時間程度と比較的近いのですが、この地域は住宅地と農村部が混在していて、高齢化率30.1%と高齢化が進んでいます。農村部では核家族化はあまり進んでいませんが、住宅地には老々介護や独居高齢者が増加している状況です。そのような方を地域全体でどのように見守っていくかが課題でしたが、近年、当院と訪問看護ステーションや行政との連携が取れるようになってきたので、解決しつつありますね。

当院で働くようになって初めて知ったのですが、この地域の患者さんは都内の大学病院、聖路加国際病院や国立・県立のがん研究センターなど、自宅から離れた大病院に頑張って通院している方が多くいらっしゃいます。通うのが難しくなってくると、当院の在宅診療に紹介される事例が多いですね。そのため、緩和ケアの技術も必要になってきているので、わたしは都内の病院の緩和医療科で研修を受けました。このように、可能な限り地域のニーズに応えられるよう、スキルを積んでいます。

患者さんの生涯を診られる医師に

―斎藤先生の働く原動力は、どこにあるのでしょうか。

患者さんやそのご家族が「こういうところがあって良かった」と言ってくださることに、大きなやりがいを感じますね。特に、在宅診療がそうですが、最期をご自宅で過ごせるかどうかは、患者さんご本人やご家族にとっても大きな問題です。

当院ではなるべく患者さんの希望に寄り添って、在宅診療が難しい方も可能な限り在宅で診ています。大変な時もありますが、ご家族がお看取りをした後に「最期を家で過ごせて良かった」と言っていただけることが最も大きな原動力ですね。これまでの頑張りが報われたような気持ちになりますし、また次も頑張ろうと思います。

―今後の展望を教えていただけますか。

キャリアに変化があるとすれば、子どもが大きくなってからだと思うので、まだ想像がつかないのが正直なところです。ゆくゆくは、今よりもへき地である地域の医療に従事したいという気持ちはありますね。医療資源の乏しい地域の基幹病院で、一緒に働く医師と専門を越えて協力しながら、患者さんの生涯を診ていきたい。これがわたしの原点だからです。

一方で、地域医療ではニーズに応えるために、その地域を知ることが重要になります。そのため、ここ埼玉県での勤務が長くなれば長くなるほど、この地域について知ることができるので、埼玉県での勤務を続けたほうがいいかもしれないという思いもあります。いずれにしても、自分が働く地域の患者さんの生涯をしっかり診られるような医師であり続けたいですね。


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