途上国での経験はキャリアアップか否か 欧米と日本の違い―国境なき医師団の現場から(6)

世界約70の国と地域で人道支援活動を展開している、国境なき医師団。多様な文化圏での診療風景から見えてくる、日本の強み、他国から学ぶべきポイントとは―。今回取材したのは、医師であり過去11回にわたって途上国で医療活動を行ってきた黒崎伸子氏(国境なき医師団日本・監事)と、フィールド人事部で派遣スタッフの派遣先を調整する小林カリーン氏(人事フィールドマネージャー)。取材を通じて、途上国での援助活動に対する日本と海外諸国の認識の相違が浮き彫りになりました。(取材日:2017年9月28日)

国境なき医師団日本フィールド人事部フィールド人事マネージャーの小林カリーン氏(左)と、監事の黒崎伸子氏

日本人医師の「まじめさ」、裏目に出るケースも

―黒崎先生は自身も途上国に赴いて医療活動を行ってきたほか、2015年までは国境なき医師団日本の会長として、派遣スタッフのサポートもしてこられたかと思います。途上国医療の現場において、日本人医師の長所や短所をどのように捉えていますか。

黒崎氏:わたしが感じる日本人の特徴は、良くも悪くも「まじめ」。医師に限った話ではありませんが、意気込みと気概をもって国境なき医師団に参加する方が多いのは良いと思いますが、張り切りすぎてしまうケースもあるように思います。

たとえば、現地では当初思っていたほどは患者さんが来なかったり、忙しくなかったりすることも時にはあるのですが、そういうときに日本人の医療者は「もっと役に立たないといけない」「こんなこともできるのではないか」と、当初求められていた以上のことをしようとする傾向がある。現地のために「良かれ」と思ってのことであっても、人によってはこうしたまじめさが周囲とのコミュニケーション不和につながることもあります。国際医療貢献の現場では、“自分がいなくなっても持続する体制”をつくることが求められることがありますが、1人のスタッフが後任者には真似出来ないような頑張り方をしてしまうと、長期的に見てうまくいかないケースも多々あるのです。

個人差があるのは大前提ですが、母国にボランティア活動の文化が根付いている医師は、途上国での診療も“日常的なもの”と捉えており、日本人医師ほど気負っていない。「背伸びしすぎず、求められた範囲で頑張ろう」と考えている方が多い印象です。

―日本人医師の「まじめさ」は、日本人であるがゆえの国民性というところでしょうか。

黒崎氏:それもあるとは思いますが、「医師たるもの、24時間365日医師として気を配らなければならない」という日本社会の期待が、日本人医師の「まじめさ」を助長している部分も大きいとは思います。国を挙げて進められている「働き方改革」においても、医師は適用が見送られるなど、特別扱いされていますよね。

小林氏:たしかに、そうした社会からの期待や教育が、日本人医師のあり方に影響を及ぼしているところは大きそうですね。わたしが生まれたフランスでは、「医師は特別だ」という認識はないように思います。医師も人間なのだからきちんと休暇を取る、プライベートを充実させるべきというのは、至極当たり前のこととして認識されています。

「まじめさ」に加え、わたしが感じるのは、日本人医師の順応力の高さです。国境なき医師団の活動では、現地スタッフに医療技術を教えることも多いのですが、日本人医師は意見を押し付けず、現地スタッフの意見を聞きながら、優しく教える方が多い。個人差もあるのかもしれませんが、周囲の意見を尊重しようという意思を感じます。一方、特にリーダーとして周囲を引っ張っていかなければならないケースだと、「日本人医師は、もっとはっきり意見を言うべき」とフィードバックをもらうこともありますね。

黒崎氏:わたし自身も「日本人のスタッフがいるとチームバランスが取れる」という感覚はあるのですが、何か問題を解決するために議論が巻き起こったとしても、意見を発するまでに時間がかかるのは、日本人にありがちな課題と言えそうですね。「相手に嫌われないように気を配ろう」という意識が大きいというのでしょうか。

 途上国での経験をキャリアアップと見なす欧米と、日本の違い

―日本の場合、医師が途上国に渡って医療に携わろうと思っても、国内の人手不足が原因で常勤先の医療機関と折り合いをつけるのが難しいとも聞きます。途上国医療に対する社会の認識にも国ごとに違いはあるのでしょうか。

黒崎氏:途上国医療に対する考え方は、国によって異なると思います。

常勤先の説得は、わたし自身も苦労しましたし、多くの医師が「国境なき医師団の活動に参加したいが、職場と折り合いがつきづらい」と漏らす光景を目の当たりにしてきました。ただ、その中で疑問に思うのは、欧米への研究留学はキャリアアップとしてみなされる一方、なぜ途上国での医療活動はキャリアアップとも取られず、むしろ他の人に迷惑をかける行為として受け取られるのか、ということ。

欧米では、「ノブレス・オブリージュ」(直訳:「高貴なものに伴う義務」。社会的に強者に位置するものが弱者に施しを行う精神)という考えが根付いていて、「途上国医療に携わることはよいことである」という認識が社会に浸透している。宗教的、歴史的な背景も大きいのでしょうが、そこは日本と明確に異なると思います。

―「常勤先の理解を得にくく途上国医療に踏み切りづらい」という事象は、小林さんの母国であるフランスでも起こっているのでしょうか。

小林氏:少なくともわたしは聞いたことがありません。医療制度や価値観も異なるので単純比較はできないと思いますが、フランスをはじめ欧米諸国では、途上国支援に携わることが一つの美徳として根付いていて、国や病院がそれを支援するプログラムを組んでいる。ボランティア活動も日常的で、「人道支援をすることは権利である」という考えもあります。

黒崎氏:日本では往々にして、組織の構成員一人ひとりの価値観以上に、“組織としてあるべき姿”が重んじられる。一方欧米では、個々のスタッフが強くなることで全体が強くなると考え方で組織運営がなされているからこそ、個々人の意思決定が尊重される、という側面もあると思います。

ただ、出産や育児で人生をより豊かにしようという方々がいるのと同じように、途上国支援によって人生が豊かになると考える人もいる。産休や育休が権利として認められるならば、途上国で医療活動を行うために一定期間お休みをいただくことが日本で認められても良いはずだと、わたしは思っています。
最近では日本でも、「途上国医療に貢献したい」という医師をサポートするためにボランティア休暇制度を構築し始めた病院も出始めているようです。理解ある病院が徐々に出始めていることは良いことだと思うので、まずは、そうした制度を活用して「途上国へ渡ってよかった」と言える成功例を一つでも多く集積していくことが大切ではないでしょうか。女性医師の進出などによって多様性を持った人が働きやすい環境を整えていかなければならない中、「途上国で働いてみたい」という志向性を持った医師が国内でも働き続けられるよう、これから徐々に環境は整備されていくはず。今後、日本の医療機関の理解も進んでいくと期待しています。

「医師の世界にも、多様化は必要」

―国境なき医師団の活動への参加を検討している医師に対するメッセージはありますか。

黒崎氏:「英語ができるようになったら」「家族の理解が得られたら」と決断を先延ばしにするのではなく、選考に申し込んでもらえれば、向き不向きや、ご自身に足りない面が見えてくるはずなので、まずは一歩、踏み出してみてほしい。

現地には、行ってみなければわからないことがたくさんあります。日本にとどまっていては出会えなかった社会や人々、考え方にふれることで、自分を見つめなおしたり、日本の良さを改めて実感したりする過程で、わたし自身、生き方が見えてきたように思います。迷っている方には、「どうせ後悔するなら、やらずに後悔するより、やって後悔しましょう」と伝えたいです。

小林氏:「まずはトライしてみましょう」という思いは、わたしも同じです。日本では出会わないようなスタッフや現地の人々、見たこともないような症例を経験することで、マネジメント・臨床・コミュニケーションなど、多くのスキルを磨けるはずですし、現地で感じた思いや知見を持ち帰って、周囲の方に伝えて貰えれば、日本の医療現場にも刺激を与えられるはずです。

黒崎氏:マラリアもエボラも、昔なら日本で流行するとは誰も想像しなかったでしょう。しかし、グローバル化した社会では、これらの感染症はいとも簡単に日本に上陸する可能性を秘めています。そこで、途上国支援のために研究や臨床経験を重ねてきた医師がいて、日本での流行時にも迅速に対応ができることには意義があります。グローバル化している社会においては、医師自身も多様性をもって活躍していくことが、日本社会にとっても大事なのではないでしょうか。

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