予約が取れない「ネット依存外来」の実情―私の専門外来Vol.3~ネット依存外来

2011年7月、日本初の「ネット依存治療専門外来」(以下、ネット依存外来)を開設した(独)国立病院機構久里浜医療センター(神奈川県横須賀市)。立ち上げの中心となったのは、同センター院長の樋口進先生です。国内のネット依存の患者は、中高生を対象にした調査(2017年)で約93万人と推計され、5年前の約2倍に増加。WHOも対策に乗り出しており、国際的な課題となりつつあります。樋口先生がネット依存外来を始めた経緯や、実際の診療内容などについて語っていただきました。(取材日:2018年11月14日)

アルコール依存の治療経験を生かし、ネット依存外来を開設

―もともとはアルコール依存症の治療に取り組まれてきた樋口先生。精神疾患の中でも、特に「依存症」分野に注力されてきた理由について教えてください。

1979年に東北大学医学部を卒業後、山形県にある関連病院の精神科で、アルコール依存症の患者さんを診たことが発端です。地域の断酒会に参加し、アルコール依存症は適切な治療をすれば治る、確実に変わっていくということを目の当たりにしました。入院時点では非常に顕著な症状があっても、退院する頃には通常の社会生活が営めるようになるケースも多い。そうした患者さんたちを支援したいと思い、依存症を専門にしました。

研修終了後は慶應義塾大学の精神神経科学教室に入局し、国立療養所久里浜病院(現・国立病院機構久里浜医療センター)へ赴任。日常診療のほか、アメリカの国立アルコール乱用・依存症研究所(NIAAA)との共同研究で、日米の飲酒行動の国際比較に携わりました。1988年には、その調査のデータ解析のためにアメリカ国立保健研究所(NIH)に留学しています。ただ、その頃は依存症の治療を専門とする精神科医はまれでした。依存症が注目されるようになったのは、ここ10年ほどのことだと思います。

―「ネット依存」に問題意識を持つようになった経緯を教えてください。

厚生労働科学研究で5年に1度、「成人の飲酒と生活習慣に関する実態調査」を行ってきました。2008年の調査でインターネット利用の項目を加えたところ、ネット依存の傾向がある成人が約270万人にのぼることが判明。当時はネット依存を専門に治療する医療機関はほとんどありませんでした。そこで、わたしがアルコール依存症の治療経験を活かして、ネット依存の治療にあたることにしました。
ネット依存の治療は、韓国が先進的です。臨床心理士やケースワーカーとともに韓国の病院を訪問したり、論文を読んだりして治療法を学びました。

―日本では新しい分野だったので、専門外来の立ち上げ時には苦労なさったのではないでしょうか。

そうですね。2011年7月に当院のホームページで「ネット依存の専門外来を始めました」と告知しましたが、しばらくはほとんど患者さんが来ませんでした。しかし、同年11月にネット上の掲示板「2ちゃんねる」(現・5ちゃんねる)で、当院のホームページにあるスクリーニングテストが話題になり、急に患者さんが増えていきました。

現在の患者層は約7割が未成年で、大半は中高生です。次に多いのは大学生で、まれに小学生も来院します。男女比は8:1で男性が多いですね。成人以降の患者さんは、女性の比率が少し高くなります。いずれもオンラインゲームに依存していて、学校や会社へ行けずに引きこもったり、昼夜逆転していたりと、非常に生活が荒れています。注意すると暴力をふるうこともあり、だいたいは家族が困り果てて、半ば無理やり当院に連れて来られている――というのが現状です。
一定の割合で発達障害のある患者さんもいて、発達障害に起因するネット依存なのか、ネット依存だけなのかが判別しにくいケースもあります。それでも、「とにかく診療しよう」という思いで診てきました。また、症例検討会やオンラインゲームに関する勉強会を何度も開き、ネット依存への理解を深めました。途中から、わたし1人では対応しきれなくなり、現在は医師3人体制をとっています。

潜在患者は5年間で約2倍

―ネット依存外来では、具体的にどのような診療をするのですか。

医師の診察と臨床心理士の予診、検査が基本です。問診ではネットとの付き合い方や、日頃の行動パターンなどを聞いて、治療が必要かどうかを診断します。初診時は、多くの患者さんが家族と一緒に来院します。本人と家族の双方に話を聞くため、予診からの診察に約3時間かかることも珍しくありません。
治療が必要な患者さんには、血液検査や骨密度検査、肺機能検査、さらに臨床心理士による心理学検査を行います。身体的な検査をするのは、長時間のネット利用で身体に障害を来していないかを調べるためですが、再診を促すためでもあります。ネット依存の患者さんは病識が乏しく、治療に非協力的なものの、「生活の乱れが健康に悪いのでは……」と気にしているのが実状です。検査のために来院しているうちに治療者との信頼関係が芽生え、継続した治療につながっていくことを目指しています。ネット依存の治療では、こうした信頼関係作りが極めて重要です。再診では、検査のほかに認知行動療法やカウンセリング、当院が独自に取り組んでいる「NIP」(新しい自分を見つけるプログラム)を行います。NIPはデイケアのようなもので、患者さん同士で運動やミーティングをすることを通じて、ネット依存から脱しようとする試みです。

―ネット依存外来を立ち上げた2011年7月当時と現在を比べて、患者層や相談内容に変化はありましたか。

まず、潜在的な患者数が爆発的に増えています。厚労科研費調査(2012年)によると、ネット依存の傾向のある中高生は約53万人でしたが、2017年は93万人と、5年間で2倍近くになっています。
その背景には、ネットにアクセスする機器やゲームのジャンルの変化があります。以前は、パソコンを使うゲームが多く、ジャンルはMMRPG(多人数同時参加型RPG)と、シューティングゲームが主流でした。しかし、スマートフォンが普及し、課金制度のあるゲームが登場した頃から状況が変わりました。課金制度のあるゲームの世界では、「ガチャ」という方法でアイテムを購入します。ガチャはくじ引きのようなもので、どんなアイテムが出るかわかりません。それがユーザーの射幸心を煽り、ネット依存の一つの要因になっています。

さらに、最近は「eスポーツ」といって、ゲームをスポーツや競技として捉える動きも盛んです。あるゲームは国際大会を開催しており、優勝者は高額の賞金を得ることができます。また、2018年8月のアジア大会ではeスポーツが公開競技として実施され、2024年のパリ五輪でも公式種目としての採用が検討されています。こうした状況下で、プロのゲーマーを目指す子どもが急増し、その一定数がネット依存になっているのです。

WHOと協同で新たなスクリーニングテストを作成

―現在のネット依存治療における課題は何でしょうか。

専門的にネット依存を治療する医療施設や、医療従事者を増やしていくことです。当院で医師3人が休憩なしで診療しても、年間に診られる患者数は270人ほど。完全予約制で3カ月に1回の予約受付日を設けていますが、その日は朝から電話が鳴りやまず、1日で200件以上の問い合わせがあります。

現在、国内で専門的な治療ができる施設は約80で、2年前から倍増していますが、需要の伸びに追い付いていません。当院を見学する医療従事者も多いのですが、年1回の研修はすぐに定員が一杯になります。今後、研修の機会を増やそうと考えていますが、ネット依存の治療には特有の難しさがあるのが実情です。
まず、患者さんが依存しているゲームの話題に、治療者がついていける必要があります。多くは子どもの患者さんですから、治療の必要性を理解してもらうことも難しい。また、新たに始まった領域だけに治療法が確立されておらず、学会のガイドラインもない。そのため、治療者には高いモチベーションが求められます。当院は公的な機関なので治療者の育成を担えますが、診療報酬による評価がつかないと民間の医療機関には広がらないと思います。これも、ネット依存治療における課題の一つかもしれません。

―今後の展望をお聞かせください。

2019年に、ネット依存を中心とした実態調査を行う予定です。そこから適切な予防法や治療法を導き出していきたいですね。この問題は国際的にも注目されていて、数年かけてWHOや世界の研究者と協力して新しいスクリーニングテストを作成することになっています。海外の知見なども参考にしながら、エビデンスを積み上げていきたいですね。


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