研究者から地域医療研修の教官へ 年間40名超の研修医を魅了する理由 ―中桶了太氏(国民健康保険平戸市民病院/長崎大学病院へき地病院再生支援・教育機構)

離島ながらも、本土と橋でつながっているがゆえに、公的な離島医療支援を受けられていない長崎県平戸市。ここには現在年間40名を超える初期研修医が地域医療研修を受けるためにやって来ます。その立役者は基礎医学研究者から地域医療研修の教官となった中桶了太氏。畑違いの分野へ挑戦した中桶氏は、どのようにして教育プログラムをつくり上げ、初期研修医を呼び込んでいるのでしょうか。(取材日:2017年9月21日)

研究者から地域医療研修の教官へ

―地域医療に従事するまでのキャリアを教えてください。

わたしは基礎医学研究者としてキャリアをスタートさせました。長崎大学医学部在学中に基礎医学の研究室で手伝いをしていたとき、わたしも携わった研究が科学雑誌「Nature」に掲載されたことから、大学卒業後10年間、基礎研究に従事していました。しかし米国留学に行っても研究者として大きな功績が出せず、結局、研究者の道は諦めざるを得なくなってしまったんです。帰国後の2005年に長崎大学へ戻り、研究分野に近かった神経内科に入局しました。ところがその直後、入局でお世話になった調 漸(しらべ・すすむ)先生が、へき地病院再生支援・教育機構の機構長に就任することが決定。平戸市民病院に地域医療教育の拠点を開設するため、わたしはそちらに出向して研修医の教官になることになったのです。

―離島の地域医療に携わることは大きなキャリアチェンジだったと思うのですが、当時葛藤はなかったのでしょうか。

もし臨床医として働くなら、総合的に診られるプライマリケア医になりたいと考えていたので、あまり葛藤はありませんでした。

日本で最も多くの離島を抱える長崎県は、離島で活躍できる医師育成システム、医療資源確保のための助成金制度が法律で整備されています。ところが、平戸市は島であるものの、本土と橋でつながっているため、行政上は半島という位置付け。そのため、離島支援の恩恵を受けることができず、言わば“取り残されたへき地”でした。このような背景から、平戸市では、当院が中心となって、予防医療から在宅診療まで総合的に地域医療を担っていたのです。

「ここでの医療は、昔自分が思い描いていた『なりたい医師』の働き方に似ている。この道に進むのもいいかもしれない」と思い、現地派遣教官になることを希望しました。裁量権を多く持ち、自由に取り組めるのは、アイデア次第でさまざまなことができて面白そうだと思ったのも決め手となりましたね。

弱点を強みに、年間40名超が受ける研修プログラムを確立

―総合診療医としてのご経験もあまりなく、また研修医教育にも関わったことがない中での挑戦で、ずいぶんと苦労されたのではないですか。

総合診療医としての研修を修了していないので、それはわたしのハンディキャップでした。しかし、これを強みと捉えてさまざまなことに取り組みました。カナダやオーストラリアのへき地医療教育のシステムを見学して学んでは平戸流にアレンジしたり、当院の押淵徹院長が取り組んでいた教育プログラムをうまく使ったりして、自分が受けたいと思える研修プログラムを組んでいったのです。

どんなに魅力的な研修プログラムを組んでも、研修医に来てもらわなければ意味がないので、研修プログラムに関連する情報を学会などで発表したり、SNSで頻繁に発信したりするよう心がけました。このほか、医学生も参加できる医師の講演会を開くなど、当院での地域医療研修に興味を持ってもらうよう働きかけましたね。その結果、当初は年に数名だった研修医も、現在では年間40名まで増加しました。

―地域内の医療機関と連携して、「ながさき県北地域医療教育コンソーシアム」を発足させたのはなぜですか。

当院で地域医療の初期研修を受ける研修医が増え、キャパシティオーバーになってしまったのが「ながさき県北地域医療教育コンソーシアム(通称:あごねっと)」発足のきっかけとなりました。一度受け入れを断ったら、研修医が来なくなるのではないかと怖くなり、周囲の医療機関の院長に、研修病院として協力してもらえないかと直談判してまわったんです。先方の負担を増やしてしまうため、「なんでそんな迷惑なことを持ってくるんだ!」と門前払いされる覚悟でしたね。平戸市を地域医療の学べる地域にしたいという想いを伝え、恐る恐る協力依頼をしてみると、皆さんからスムーズに了承を得ることができました。

あごねっとの具体的な活動内容は、地域の多職種の教育体制を整備して地域医療や包括医療・ケアを学ぶお手伝いをすることと、参加している4つの医療機関それぞれの得意分野を生かした勉強会や講演会を開催すること。現在は、平戸版地域医療の教科書の作成を構想中です。例えば釣り針が刺さった、マムシに噛まれた、クラゲに刺されたなど、この地域では、都市部の医療機関ではあまり耳にしない症状の患者さんがやって来ます。また、都市部から来た研修医にとって、高齢者の使う方言は臨床現場ですぐに理解することが難しい場合があります。このような平戸市特有の症状への対処法や、診察お助け語録集を記載した教科書を作って、ここでしか学べないことも、しっかり学べる環境にしたいと思っています。

平戸版地域医療研修プログラムを全国のへき地へ広めたい

―今後の目標を教えてください。

大きく二つあります。現在、地域医療研修のため初期研修医は多数来てくれていますが、当院では30代と40代の医師が1名ずつ、そして70代の医師2名が教育を担当していて、教官の高齢化が否めません。そのため、専攻医や指導できる立場の医師にも来てもらうことがまず一つ。指導医層に向けて何をどのようにアピールしたら興味を持ち、当院に招聘できるかを模索しているところです。

二つ目は、ここと同じようなへき地に平戸版地域医療教育を広めていくこと。当院での地域医療の初期研修プログラムを12年間続けてきて、へき地の医療機関でも教育が可能であることを知ってもらい、注目してもらっているとは感じています。ここでの事例を広めることで、将来的に日本の地域医療を立て直していきたいですね。

わたしは基礎医学の研究者からキャリアをスタートさせ、紆余曲折を経て地域医療教育に携わっています。決してスーパードクターではありませんが、こうして毎年多くの初期研修医が来てくれる研修プログラムを構築することができました。形はさまざまですが、どんな医師にもチャンスはあると思います。平戸版地域医療教育を全国に広めていくためにも、わたしと同じようにへき地で教育する仲間が増えてほしいですね。


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