10年目での決意。三重県から新潟県へ一家総出の転職活動―山本重忠氏(医療法人社団立川メディカルセンター 悠遊健康村病院)

転職は大きなライフイベント。さらに遠方への転居を伴うとなれば、プライベートも大きく変わることになるでしょう。そんな中、医局人事以外でははじめての転職でありながら内科からリハビリテーション科への転科、三重県から新潟県への子連れ転居を同時に叶えたのが山本重忠先生です。今回はキャリアとプライベートの両面から、転職前後のリアルな実態を伺いました。(取材日:2018年7月17日)

やりたいことは秘めたまま、内科医としての自立を目指す

―山本先生は現在、初期研修を行った医療法人社団立川メディカルセンター立川総合病院のグループ病院・悠遊健康村病院(新潟県長岡市、300床)に在籍していると伺いました。もともとはどのようなキャリアを望み、初期研修先を選んだのでしょうか。

学生時代から患者さんとしっかり向き合える内科で、予防医療的なアプローチも取り入れながら、健康な高齢者を増やしたいと思っていました。高齢者や老年内科に興味を持ったのは、自分がおじいちゃん、おばあちゃん子だったからという単純な理由です。

出身は三重県ですが、東京都にある大学へ進学しました。6年間で都会の人混みにはもうこりごりでしたが、最新情報を得られるのは東京だと実感していたので、初期研修先に求めた条件は、地域医療を経験でき、なおかつ上京しやすい環境であること。さらに、将来的には老年医療に関わりたかったので、急性期だけでなく回復・慢性期まで学べるところを探しました。

わたしたちの世代は合同説明会や書籍、ウェブサイトなどが充実していたので、研修候補先はすぐに見つかりました。いくつか候補はありましたが、決め手となったのは病院担当者や医師である叔父の生の声。それまで新潟県には一切縁がありませんでしたが、都会の人混みから離れたい思いと、勉強の機会が失われないバランスのいいところだったと思います。

―その後、後期研修はどちらに進まれたのでしょうか。

出身地の三重県に戻りました。実家から戻ってきてほしいと言われていたことと、少しは医師として地元に恩返しがしたいと思ったからです。三重大学第一内科に入局し、全身管理を学びたかったので循環器内科を専門に選びました。出身大学ではない医局に飛び込むのは勇気が入りましたが、実際入ってみると指導医が教育熱心で、同僚も助け合いやつながりを大切にしている風土がとても良かったです。大学病院への勤務自体は半年ほどで、その後5年間は関連病院を回りました。

そんな医局生活でしたが、入局当時から内科医としてひとり立ちできたらリハビリテーションを学びたいと思い続けていて、年に2回ほどある面談では、そのことを教授に正直に伝え続けました。毎回伝えていたので、回を重ねるにつれ、どのタイミングになったら次のステージへ進むかを相談できるくらいの関係性を築けていたほどです。

―内科医でありながらリハビリテーションに興味を持った理由は何でしょうか。

内科系疾患をお持ちでも身体のあちこちが痛くなったり、筋肉が動かなくなったりして、頑張って外来に通っている患者さんをたくさん見てきました。そんな人たちを目の前にして自分はこれからどんな医療を専門にしていこうかと考えた時、単純に内科のスペシャリストになるよりもリハビリという異なる専門性を組み合わせて、自分にできる医療の幅を広げていきたいと思ったのです。

ひとり立ち、体調不良、子育て――すべてのタイミングが重なる

―今回、転職を決意した理由やタイミングとは。

転職理由は3つあります。

1つ目は医師10年目を目前に控え、内科医としては上級医から離れ、ある程度はひとり立ちをしたので、そろそろリハビリテーション専門医を本格的に目指したいと思ったこと。2つ目は、自ら希望して関連病院での勤務を続けていたものの、24時間365日対応の主治医制で心身が休まらず、ついには身体を壊した日もあったこと。最後に、これはプライベートの面で、新潟県のほうが子育てしやすいだろうと思ったからです。

―出身地の三重県ではなく、新潟県にこだわった理由は何でしょうか。

キャリアと生活、両面を叶えられる地域だと思ったからです。もちろん三重県にもリハビリテーションを行っている病院はありますが、隣県の愛知県の影響が強く、自分が納得できる施設はなかなかありませんでした。

また、妻の実家が新潟県長岡市にあるので、そこは彼女の思いを汲んで、住まいを近くにしようと決めていました。当時子どもは3歳の双子だったこともあり、妻一人で面倒を見るのが困難だったのです。三重県でも自分の実家に近い病院で働いていましたが、わたしの両親は家業が忙しく、なかなか頼ることも難しかった。子どもが病気にかかったら、わたしがいる病院に来てスタッフが交代で面倒を見るなんてこともありました。

さらには三重県内とはいえ、医局人事で2年に1回くらいのペースで転勤していましたし、主治医制で休みもままならない時があったので、妻には誰も知らない地域で不安になりながら子育てをさせてしまったと反省しています。もともと新潟県には知り合いや友人がたくさんいたので、そういった意味でも、次の住まいは新潟県にしようと決めていました。

子どもとペット連れの転居。鬼門は「物件選び」と「子どものこと」

―今回の転職にあたってのスケジュールを教えてください。

次の勤務先候補は初期研修のグループ病院だった悠遊健康村病院とほぼ決めていましたが、あえて人材紹介会社(エムスリーキャリア)に登録して転職活動をしました。というのも、インターネットを見てみると、一人で転職活動をするにしても条件交渉が難しいことや連絡をとるにも手間と時間がかかると書いてあり、なるべく煩わしいことは避けたいと思ったからです。

人材紹介会社に登録したのは、医局での面談で「次の3月末まで」と確実に決まったタイミングで、入職から約半年前の2017年8月だったと思います。9月には面接調整に入りましたが、少し先になる11月に面接を組んでいただきました。当時の病院は、前持って相談さえすれば休みがとりやすかったので、その点は運が良かったと思います。悠遊健康村病院に行ったのは11月の面接の時だけで、その月末には最終的な確認面談のために事務長がわざわざ三重県まで足を運んでくれました。その後、12月に内定が決まり、2018年4月に無事入職というスケジュールです。

―転居を伴う転職活動にあたり、プライベート面で大変だったことは何でしょうか。

住まい探しと引っ越し、子どもたちの幼稚園受験です。

住まいは小型犬を飼っていることもあって、ペット可の物件が見つからず苦戦しました。夏頃から情報収集を始めて、担当コンサルタントの方にも物件情報を探していただいたりしましたが、結局希望のところには入れませんでした。今は条件をゆるめて、希望の部屋が空くのを待っています。

さらにニュースでも話題になったのでご存知かもしれませんが、2018年3月ごろは引っ越し業者の人手不足で予約すら大変な状況。医局人事の転勤で何度も引っ越していて、繁忙期は通常の5倍以上の値段を提示されることも知っていたので、家財道具と妻と子どもたちは入職2カ月前の2月に引っ越しました。代わりに、わたしは勤務先の病院に1カ月泊まり込み…。これで、なんとか引っ越し補助の範囲内に収めることができました。

―お子さんの教育についてはいかがでしょうか。

お互いの希望で幼稚園に通わせようと決まったので、三重県にいた時から新潟県にある幼稚園の入園手続きや受験を行いました。願書を取りに行ったり、出してもらったりというところは妻の両親や親戚にもお願いしながら、なんとか入園までこぎつけました。

実際引っ越してみると、長岡市は新潟県第二の都市だからか子どもの教育環境には非常に恵まれていると思います。子どもの医療費助成も、わたしが医師だからといって対象外になることもなく、とても助かっています。

やりがいと自身のQOLは両立できる

悠遊健康村病院

―現在、悠遊健康村病院に転職されて感じる変化はありますか。

リハビリテーションを学び始めたことで、やりたい医療ができているやりがいが生まれましたし、家族との時間が持てるほど心身のゆとりが生まれたことがありがたいです。

リハビリテーション科は、一般内科と比べて患者さんとの意思疎通が難しい半面、一人ひとりを長く診てしっかり向き合えることが魅力だと感じています。また、完治は難しいとはいえ急性期よりも容態が安定している分、呼び出しの電話に怯えることはほぼなくなりました。先日も、子どもたちを小旅行に連れていけたのがとても嬉しかったです。

―今回、転職活動に人材紹介会社を利用したメリットは何でしょうか。

自分だけではできないような、踏み込んだ調整や情報収集ができたことです。

たとえば、給与は法人の規定上変えられなかったのですが、別の条件を調整してくれたり、妥協策を提案してくれたりしたので納得感がありました。さらに、幸か不幸か、わたしが転職するタイミングは新専門医制度が始まるタイミングだったのでリハビリテーション専門医を取得するにしても、新旧どちらかによってできる・できないがありました。担当コンサルタントの方はマイナー科でありながら、自分だけでは知り得ない情報も調べて教えてくれた点がよかったです。

今回いただいた機会を大切にしながら、今後は予防医学をライフワークに、老後を健康に過ごす高齢者を増やしていきたいと思います。

もし先生がキャリア形成のための情報をお求めでしたら、
以下のフォームよりご連絡ください。

 

山本重忠先生の転職支援を担当しました、コンサルタントの毛利と申します。

山本先生の転職支援は、以下の点を意識しました。

1.あらゆる可能性を探った上でベストの選択をしていただくこと
悠遊健康村病院を優先して検討されていましたが、担当コンサルタントとしてあらゆる可能性を提示すべきと考え、長岡市内だけでなく新潟市内も含め、リハビリテーション専門医を取得できる病院の情報をお伝えしました。そして、想定されるエリアの全体感も掴んでいただいた上で、悠遊健康村病院で話を進めていくことにしました。

2.先生とご家族が納得いただけるような転職となること
先生はもちろん、ご家族も安心していただけるように病院側と条件面を調整したり、事務長と一緒に三重県まで行って説明をしたりしました。法人の規定上、叶えられたものと叶えられなかったものがありましたが、それも率直にお話をして、最終的には納得感を持って決めていただけました。

3.転職や転居での不安をできるだけ払拭すること
こちらで新専門医制度の最新情報をお調べするだけでなく、悠遊健康村病院の院長にも協力いただいて専門医取得に関して学会やプログラム実施大学に問い合わせるなど、キャリアチェンジでの不安を感じることがないように努力しました。住宅は事務長と協力して探しましたが、先生の希望に沿う物件を見つけた直後に、別の方の申込みが入ってしまったことが非常に悔やまれます。

求人情報や地域情報の提供、キャリアや専門医取得についてのアドバイス、病院側との連絡・調整・折衝、そして時には物件探しまで。我々コンサルタントは普段忙しく過ごされている先生方の代理人となってお役に立ちたいと考えています。何かお困りのことがございましたら、どうぞお気軽にお問い合わせくださいませ。

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