医師23年目。臨床を離れて学校をつくった医師の再挑戦とは ―小栗哲久氏(大井田病院)

長年臨床現場から離れていた小栗哲久氏。離島医療を経験後、ホスピスで終末期医療や心のケアに取り組み、2012年には仲間と共に自由な教育方針を掲げた学校を開校させました。これまで多様なキャリアを歩んできた小栗氏ですが、自分のキャリアを見つめ直し、2018年から新たに地域での臨床研修から始めることを決意します。54歳、医師23年目の挑戦の裏には、どのような思いがあるのでしょうか。(取材日:2018年1月14日)

離島での経験から、心のケアへ

-最初に地域医療に興味を持ったきっかけを教えてください。

大学入学当初は最先端医療に携わりたいと思っていました。有名病院で研さんを積み、最先端医療で多くの人を救いたいと考えていたのです。しかし勉強を進めていくうちに、目の前にある膨大な医学知識は医療の入口にすぎず、この先にも知識の山が続いていて、さらには研究により新たな知識が際限なく増えていく世界なのだと気付きました。

一方で、病院の外に目を向けると、すぐには最先端医療が必要ない人たちもいます。医学上の新たな発見も重要ですが、わたしにとっては、地域や日々の暮らしに密接な医療の方が重要に思えて、その分野に関わっていきたいと思うようになったのです。そこで公衆衛生の研究室に入って地域の医療、保健、福祉の活動に触れ、そしてあらためて実際に地域医療に携わり、離島医療を経験することになりました。

-生活も含めた「人」全体を診ることに興味を持つようになったのですか。

そうですね。地域の人たちと一緒に暮らしながら病気を診ていきたいと思い、離島医療を希望しました。そして、ここで1つの転機を迎えたのです。

患者さんのうちの1人に、何度も腹痛を訴えてくる方がいました。検査をしても異常なし。しかし、患者さんは腹痛がある。その状況に直面した時、「検査の数値や画像には表れない“何か”を診られるようになりたい」と強く思いました。今振り返ると、患者さんの身体だけではなく、心や「生きる力」も診ていくことはできないだろうかと考えるようになった出来事でしたね。

このような課題感をさまざまな人に相談していったところ、紹介されたのがホスピスでした。心のケアについても勉強させてもらうために、ホスピスへの赴任を決意。業務を通じて、課題の解決策を模索するようになっていきました。

「健やかに生きる」ことを伝えるために

―ホスピスではどのような経験をされたのですか。

業務を通じて、心のケアについて学ぶ機会を得ることができました。そこで、「健やかに生きる」ことのサポートが自分のテーマであり、周りの人にもそのような生き方を提唱していきたいと思うようになったのです。

勝つか/負けるか、乗り越えられるか/乗り越えられないかという二者択一で、勝つこと/乗り越えられることが評価される現代の価値観にとらわれず、他にも選択肢があることを分かる、受け入れる、選べる生き方が、「健やかに生きる」ことにつながっていくと思います。例えば仕事が辛いとき、我慢して残り続けるか/辞めるかの2択ではなく、まずは誰かに相談してみる、一旦離れて休憩してみる、将来的に辞めると決めてそれまでにやらなければいけないことに目を向けて準備を始めるなど、いくらでも選択肢はあります。しかしながら、現代社会ではあまり多くの選択肢が選ばれていないようにも感じていて―。ちょうどその頃、子どもの教育のために長野県の八ヶ岳に転居。そしてあらゆることに多様な選択肢があり、子どもたちがそれらを自分で考えて自由に選択していく力を育むための、自由な教育の学校を開校しました。また、大人に向けても「健やかに生きること」について、セミナーや健康教室などで発信していましたね。

もう一度、地域医療の道へ

-精力的に活動していたにもかかわらず、再び地域医療に携わりたいと思うようになったのはなぜですか。

子どもも大きくなり、居住地を含めて今後の家族のあり方をみんなで考え直している時に、ふと自分自身のキャリアはこのままでいいのかと思ったのです。何気なく、インターネットで医師のキャリアや研修について調べていたところ、長年基礎研究をしていた年配の医師が、やはり臨床現場に携わりたいと心機一転、研修を受けなおして臨床医に転向したという記事を見つけました。自分よりもずっと年配の医師が新たな挑戦をしていることに感化され、医師23年目にしてもう一度、地域医療にチャレンジしようと思ったのです。

-地域医療を選んだ理由について教えてください。

地域医療を志した理由を考えてみると、学生時代に参加したキャンプでの経験が原点にあるように思います。

そのキャンプの目的は、参加者である糖尿病の子どもたちにインスリン注射を自分で打てるように促すことでした。自然の中で、参加者全員が年齢も立場も問わずニックネームで呼び合い、アクティビティを楽しみながら注射の必要性を伝えたり、注射の練習をしたりする光景を見て、このようにお互いに学び高め合う場で人々が健やかさを保ち続けられたら理想的だと感じたものです。

別の言葉で置き換えると、地域で「お肉屋さん」「靴屋さん」とお店が並んでいる中に「お医者さん」がいる。地域に溶け込んだ医師として、地域の人たちが健やかに過ごせるように力を尽くしていく―。そんな地域での活動、地域づくりに関わることが最終的な目標だったと、離島医療からホスピス、心のケア、医療以外のコミュニティづくりなど紆余曲折を経て気が付いたのです。

-地域に携わる臨床医として新しい一歩を踏み出すにあたり、意気込みをお願いします。

内科をはじめ総合的に診ていく地域医療に戻るのは17年ぶりです。知識やスキルのアップデートもしなければいけないので、正直なところ、不安の方が大きいです。ただ、この緊張感がいい意味で丁寧な診療につながり、しっかりとした地固めになるとも感じています。一つ一つの研修を通じて、着実に力を身に付け、理想に向かっていきたいですね。


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