医師の6割以上が女性の国、モンゴルで思うこと―海外の医師はこう考える vol.2

森 臨太郎(もり・りんたろう)

一般的に、旧共産圏の国々に行くと、女性の社会進出度が高いことを実感する。モンゴルもその一つである。各国の統計をまとめている米国議会図書館によると、モンゴルの医師の女性比率は、66%。10年以上前の世界保健機関の報告でも、医師における女性の割合が男性より高い国として挙げられており、同様の傾向を持つ国としては、ロシア連邦やスーダン、あといくつかの旧共産主義国があるのみであった。とくに筆者が専門とする小児科領域では、小児科医師の100%近くが女性である(ちなみに、数少ない男性医師は外科を選ぶ傾向にあるらしい)。なぜ、このような体制が生まれたのか。現地を視察した様子から論じたい。

帝国の気配が残る、モンゴルという国

雄大な草原、ゲルで暮らす遊牧民たち――読者の皆さんはモンゴルと聞いて、何を思い浮かべるだろうか。筆者がモンゴルで医療支援やフィールド研究をはじめたのは、10年以上前のこと。以来、何度となく現地訪問し、滞在してきたが、モンゴル人と接して驚くのは、その“たくましさ”だ。遊牧民として厳しい環境を生き抜いてきた彼らは、日本人や中国人と比べても非常に体格が大きく、幼いころから馬を乗りこなして大自然の中で生きてきた。非常に誇り高く、力強い人々の様子には、モンゴル帝国の気配を今なお感じる。

現地での昼食の風景(ゲル生活で一番のご馳走である羊の丸ごと石焼き)=筆者撮影=

モンゴルの人口は270万人で、首都ウランバートルに100万人が住む。首都を出て、4WDの車で何時間走ってもひたすら大草原が広がっており、人影を見ることは少ない。このことが示すように、その人口密度は、国連のランキングで、世界209か国・地域のうち、グリーンランドに次いで2番目に低い。

そしてもう一つ、モンゴルの医療体制を論じるうえで大切なのが、「寒さ」だ。モンゴル国内を何時間も車で走っていると、暖房を最大限にしても窓が凍り付く。冬は氷点下20度や30度となり、短い夏の期間以外は、肥沃とは言えない大地で人々は暮らしている。このため、脂身の多い肉食が中心。外で運動するような気分には、なかなかならないそうだ。

寒さゆえに外に出ての運動には消極的なモンゴル人だが、乗馬は特別な意味を持つようで、幼少期から徹底的な訓練を受けるとのこと=筆者撮影=

長く続く冬を生き抜くために、命綱となるのが、暖房設備だ。インフラが整った都市中心部では、日本と同じような住居があるが、近郊ではゲルに住む住民も多く、場合によっては、暖を取るためにタイヤを燃やさざるを得ないという。当然ながらこれは甚大な大気汚染にもつながる。こうした状況もあり、生活習慣病や大気汚染による呼吸器疾患が、現地では大きな社会問題となっている。

一般的な医療は無料 制度の洗練度は高い

次にモンゴルの医療制度についても簡単に触れておきたい。

まず、モンゴルの経済は、牧畜を基本とした伝統的な構造から、鉱物資源を持つ資源大国の構造へと移りつつある。先進国ではない資源国の常として「資源の呪い」(※注:資源が豊富な地域ほど、工業化や経済発展が遅くなる傾向のこと)の問題はあるものの、共産主義時代の遺産としての社会インフラがあるため、そこまでの格差はないようだ。

医療提供体制の面では、プライマリケアを中心として洗練された制度が整っている。
最小の行政単位である「ソム」と呼ばれる村には、保健センターが設置されており、家庭医が1-2名、そのほかの医療従事者を含めて3-4名の職員が配置されている。それに対し、各ソムの住民数は、だいたい3000人前後。もちろん面積の広いモンゴルということもあって、ソムが日本の都道府県ぐらい巨大な場合もあり、中心地から各住居に行くのに、車で数時間を要する場合もある。とはいえ、モンゴルでは国民すべてに社会保障番号が付与されており、医療行為はすべてこの番号に紐づけされている分、個人の特定は比較的しやすいようだ。わたしが出会ってきた保健センターの医師たちはみな住民をよく把握しており、必要に応じて、訪問診療をしたりして個々人の様態をチェックしていた。

一般的な医療はすべて無料で提供され、保健センターでは、入院もできるが、保健省により厳しくより高次な病院への紹介のシステムが運用されており、早めに、基幹病院に搬送してしまうことも多い。ロシア製のタフな4WDの自動車が保健センターに用意されているのは、このためだ。

モンゴルでも人気の医学部 特に女性が志す理由とは

次に本稿の主題でもある、モンゴルの医師養成体制について。

私立の医学校もいくつか存在するが、モンゴルにおいて中心的な医学校となっているのは、国立のモンゴル健康科学大学だ。ご多分に漏れず、モンゴルにおいても医学部の人気は高い。

医学校を卒業すると、一般的な医師の研修のため、実地に放り出される。前述したソムの保健センターに配置されることもあるが、保健センターで十分な研修プログラムが準備されていないこともあるようで、しばしば問題提起がなされている。「保健センターの存在によって地域医療が保たれている一方、研修環境としては課題もある」と漏らす現地の関係者は、私が出会った限りでは多い。

さてここまで来て、冒頭で触れた「女性医師」である。モンゴルにおいて医学部の人気が高いことは先にふれたとおりだが、その中でも特に女性からの人気の高さは特筆に値する。前述の通り、医師の66%が女性であることからも、その傾向はうかがえるだろう(ちなみに、女性にとって人気のもう一つの職業が教師であり、義務教育レベルの学校ではおよそ7割の教師は女性となっている)。

なぜ、モンゴルでは女性から、医師という職業の人気が高いのか。

社会的なステータスや、収入の高さもさることながら、そのカギは、働きやすさにあるのではないかと筆者は考える。つまり、モンゴルでは医師という職業が、家庭生活とも両立しやすい仕事として認知されている向きがあるということである。

まず文化人類学的な見地から、「モンゴルでは、他のアジアの国に比べても女性の社会進出がかなり進んでいる」という前提について触れておきたい。前述の通り、壮大な大地で馬に乗り、草を求めて移動をし続けてきた遊牧民国家であるモンゴルには、女性が家庭を守るのではなく、積極的に外に出て活動することが求められてきたという文脈がある。

モンゴルにおいて、公的セクターで働く医師はみな国家公務員であり、国のシステムの中で働くことが求められる。それゆえ雇用が安定しやすいのはもちろん、出産などのライフイベントが起こったとしても資格があれば復職は比較的容易だ。一方で、辺縁部で地域医療に貢献するなど配置も半ば強制的である。社会的な信頼ももちろん高いので、医師を志す女性が多いことはうなずける。

一方で読者の中には「たとえ復職が容易だとしても、子育てはどうするのか」という疑問を抱く方もいるかもしれない。もちろんモンゴルの女性医師も子育てに悩むケースはあろうが、ただ、モンゴルでは、子どもたちが親元を離れるケースが非常に大きい。とにかく国土が広大ということもあって、「平日は村の中心に寄宿舎や親せきの家に住んで学校に通い、週末や長期休暇に自宅に帰る」という暮らしが珍しくないのである。こういった傾向もあるため、子どもたちは家庭との結びつきというよりは、地域全体で育てられている傾向が強いと思われる。

こうした文化的背景の下で、子どもたちは親の背中を見て過ごす。
学校の先生や村の医師が女性であり、自分の母親が仕事を持っているという環境で、子どもたちが育っていくこと自身が、女性の社会進出を促していくという側面も強いのではないかとは思う(ただ、「モンゴルにおいて女性の社会進出が十分か」というと、議論の余地は大きい。特に家庭内の人間関係や、政治・社会的な立場を考慮すると、モンゴルでもガラスの天井は存在しているという点については、念のため付記しておきたい)。

女性医師が6割の国、モンゴルから学ぶこと

日本において、「公務員」的な労務環境管理は、現状を考えると難しいかもしれないが、一般的な労務環境のルールをより支持的にすることは可能であると考えられる。同様に、出産や子育てを、家庭内で済ませるのではなく、より地域全体とすることも可能である。おそらく価値観が多様化する昨今では、「どんな風に働きたいか」「どのように家庭生活を送りたいか」といった価値観にあった選択肢が、社会において幅広く用意されている必要があるのかもしれない。モンゴルで女性医師たちと一緒にすごす中で、こんなことを考えていた。

【著者プロフィール】
森臨太郎(もり・りんたろう)
国立成育医療研究センター政策科学研究部長/コクランジャパン代表
1995年岡山大学医学部卒業(同大学院博士課程修了)。淀川キリスト教病院小児科・新生児科などで勤務。2000年に渡豪し、アデレード母子病院などで新生児科診療に従事。2003年に渡英し、ロンドン大学熱帯医学大学院で疫学・公衆衛生学を修めた後、英国立母子保健共同研究所に勤務。出産ケア、小児の尿路感染症の英国国立医療技術評価機構(NICE)診療ガイドラインの作成にも携わった。帰国後、東京大学大学院国際保健政策学准教授などを経て、2012年より現職。2014年、コクランジャパン代表に就任。


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