熊本で遠隔画像診断サービス立ち上げ いま人材育成に力を入れる理由とは――中山 善晴氏(株式会社ワイズ・リーディング)

「起業のきっかけは言い訳でした」。そう語るのは、放射線診断医であり、熊本県で遠隔画像診断サービスを手がける中山善晴(なかやま・よしはる)氏。地元・熊本県で勤務する中、医師不足ゆえの地域課題に一石を投じたいという想いをサービス化し、今では約90施設に提供するまでに至っています。しかし、こうした大志とは裏腹に、起業に踏み出したきっかけ自体は個人的な事情からだったとか。中山氏に、これまでのキャリアと取り組みを伺いました。(取材日:2019年12月13日)

”言い訳”から始まった”大きな夢”

――なぜ、医師を目指されたのですか。

生まれつき心臓に疾患があり、幼い頃から母親に連れられてよく病院に通っていました。その頃から、命を救う医師に対しての憧れが芽生え、医師を目指しました。また、私が医学部生だった当時は、IVR(画像下治療)がメジャーになりつつある時期。それまでは、血管にカテーテルを入れ造影剤を流し撮影することが放射線科の主な仕事でしたが、その頃から画像診断を施行しながらのカテーテル治療ができるようになり、放射線診断医への注目度も高くなっていました。注目されている科目だったことと、画像を通して全身をくまなく診られることに魅力を感じ、放射線診断医を志しました。

――株式会社ワイズ・リーディングの起業に至ったきっかけを教えてください。

大学院生のころ、熊本県内での研修で感じたのは、田舎に住む患者さんには医療の選択肢が非常に少ないということ。医師不足の地域では、医師の立場が上になってしまうことで、患者さんは萎縮してしまい、間違った診断をされていると感じても、実際に医師の診断が間違いであっても、患者さんから相談できる関係性でないことがあります。21世紀のこの時代になってもまだ、医師が間違った診断をしたり、診断は正しくてもそれが臨床医に正しく伝わっていなかったりしてしまう――。そんなことがまかり通ってはいけないと思い、診断の8割以上を占めている画像診断から、正しい診断を行い、医師不足の地域へ確実に届けるシステムが必要だと思ったのです。

しかしちょうどその頃、家庭の事情で多額の借金を背負うことになり、毎月返済に追われる生活で、夜も眠れないほど追い詰められていました。そして研究は諦めて、まずは借金を返すためにアルバイトを始めることにしたのです。しかし、大学院の教授に「借金返済のためアルバイトで生活するので辞めます」と言って納得されるはずもなく……。教授を納得させられる理由が必要になり、医師不足の地域に医療を提供するためにも、当時メジャーになっていた遠隔画像診断の会社を地元である熊本で立ち上げる、という”言い訳”を思い付いたのです。この理由なら、教授も認めてくださいました。

正確な画像診断を安定してへき地へ届ける

――遠隔画像診断システムの開発には苦労されたのではないでしょうか。

大学院を辞め、2007年に起業して1年程経った頃、富士フイルムメディカル株式会社さんと熊本大学に、熊本県で遠隔画像診断システムを開発しようとしていると相談し、産学連携させていただくことに成功しました。

当時、熊本県の医療の中枢である熊本大学は、読影医のいない施設にも画像診断を提供したいと思っていましたが、事業を運営することは大きな負担になっていました。一方で、富士フイルムメディカル株式会社さんは、画像保存通信システムで業績を伸ばしていましたが、遠隔読影システムのノウハウはまだ持っていませんでした。そこで、大学は読影医の人材を、富士フイルムメディカルさんはシステム開発を、当社は遠隔画像診断のノウハウを提供し合う。この三者が連携することで、遠隔画像診断システムの開発が実現したのです。

――産学連携で事業を安定させたのですね。事業を展開する上で苦労したことはありますか?

最も苦労したのは、システム開発から数年後に突然、大学側から人材の派遣が中止になった時ですね。そもそも大学側は、利益追求を旨とする民間企業に対し、基本的に人的協力をしていません。しかし、私たちの会社は公共性が高いとのことで、全国的にも珍しく大学側から民間企業に人材を紹介してもらうことを認めてもらっていました。そんな中、勤務体制についてのすれ違いがきっかけで人的協力が中止になってしまい、契約していた読影医の先生方が一斉にいなくなってしまったことがありました。その時が最大のピンチでしたね。

とにかく大急ぎで友人の医師たちに連絡をして、その友人から友人へ連絡してもらい、少しずつ読影医を確保しました。すると、なんと以前よりも多くの先生を確保することができ、今では2次読影も可能なまでになりました。今思うと、あの時のピンチは事業を成長させるきっかけになりましたね。

熊本で医学生がAIや起業を学べる場所を

――ピンチをチャンスに変え、成長してきた株式会社ワイズ・リーディング。現在は、若手の教育にも尽力されているそうですね。

教育にも尽力するようになった理由の1つは、起業当初に通っていた経営者育成塾の経験からです。私は37歳で起業しましたが、それまで病院で過ごした経験しかなかったため、起業当初は視野が狭く経営も初心者。このままではいけない、と思い中小企業診断士の方が開いている経営者育成塾に通いました。毎回、他業種の経営者らが集い、勉強や意見交換をすることで、医療分野だけでない広い視野を持つことと人づくりの大切さを学びました。

もう1つの理由は、東日本大震災で被災地の状況を見て衝撃を受けたことからです。災害によって当たり前だと思っていたものが、跡形もなく失われてしまう。もしあの大地震が東北ではなく熊本で起きていたら――。当時は熊本地震が起きる前ですが、このまま会社の利益だけを考えていてはいけない、それよりも、0から1を作れるような人材を育成することが本当に必要なことだと気が付きました。仮に非常事態に陥って会社が無くなっても、何度でも立ち上がることができますから。これらの経験から、人材育成の大切さを実感しました。

現在では、熊本市内に「SOCKET」(ソケット)というラボをつくり、そこで定期的に勉強会や交流会を開催しています。例えば、医学生向けに無料で実臨床の画像を公開して、画像診断の勉強ができるようにしたり、医学生が医学だけでなくテクノロジーやデザイン、起業などを学べる学習の場を「みらいクラブ」と名付けて提供したりしています。

さらには、2011年からは弊社がオーガナイザーになり、熊本の方々を集めて「PechaKuchaNight KUMAMOTO」を開催しています。PechaKuchaNight(ぺちゃくちゃないと)とは、20秒ごとに変わる20枚のスライドを見せながらプレゼンテーションするというルールのイベントで、世界中で行われています。PechaKuchaNight KUMAMOTO は新たな仕事が生まれたり、新たな発見やつながりを見つけたりする場所になっています。

遠隔画像診断技術を熊本から世界へ

――今後の展望を教えてください。

今後も、主軸は遠隔画像診断に置きながら、医療×開発の強みを生かしてさまざまなシーンの困りごとを解決するための開発をしていきたいですね。医療以外だと、例えば製造業。熊本県に工場のあるミシン針メーカーから依頼があり、検品の行程にAIを導入し、人力の作業を機械化しました。このように、医療以外の分野でも技術を生かしていきたいです。そしていずれは、この技術を海外へ輸出したいですね。ASEAN諸国などは20年後、30年後に、私たちが直面した医療の問題に直面することになるでしょう。その時こそ、私たちの技術が生かせるのではないでしょうか。


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