「教授選落ちて踏ん切り」年半分を海外で過ごす女医の人生観―国境なき医師団に参加する医師たち vol.1

浅草生まれの浅草育ち。生粋の江戸っ子で明るく笑顔が印象的な小児科医の岩川眞由美氏。国境なき医師団に初挑戦してから15年後の60歳の時に再び参加し、イラクや南スーダン、ナイジェリアなどに飛んで活動をしています。半年ずつ海外・・・

医師の6割以上が女性の国、モンゴルで思うこと―海外の医師はこう考える vol.2

森 臨太郎(もり・りんたろう) 一般的に、旧共産圏の国々に行くと、女性の社会進出度が高いことを実感する。モンゴルもその一つである。各国の統計をまとめている米国議会図書館によると、モンゴルの医師の女性比率は、66%。10年・・・

中国の病院で見た衝撃 現地“中医師”から学ぶこと―海外の医師はこう考える vol.1

森 臨太郎(もり・りんたろう) 中国の病院では、西洋医学だけではなく、中国医学(中医学)も一般的なアプローチ手法となっている。診断や治療の体系そのものが異なる2つの医学が、どのような距離感や関係性をもって、共存していける・・・

10年目での決意。三重県から新潟県へ一家総出の転職活動―医療法人社団立川メディカルセンター 悠遊健康村病院 山本重忠氏

転職は大きなライフイベント。さらに遠方への転居を伴うとなれば、プライベートも大きく変わることになるでしょう。そんな中、医局人事以外でははじめての転職でありながら内科からリハビリテーション科への転科、三重県から新潟県への子・・・

まだ日本で浸透していない医学を広めたい! 形成外科医の新たな挑戦 ―菊池 守氏(下北沢病院)

形成外科医として、乳房再建や下肢静脈瘤の治療に専念していた菊池守氏。キャリアの転機を迎えたのは、医師10年目。ある学会で聞いた発表に衝撃を受け、日本に足病学を浸透させるべく、挑戦を始めました。菊池氏が院長を務める足病専門・・・

研究と臨床を行き来して思う、大都市型プライマリ・ケアの役割 ―密山要用氏(東京大学大学院医学系研究科医学教育国際研究センター医学教育学部門)

家庭医を志し、王子生協病院で7年半研さんを積んできた密山要用氏。診療を続けていくほどに課題を感じるようになり、行き詰まりを感じた密山氏は、ある決断をしました。今のキャリアを歩む決断に至るまでの悩みや思い、そして今後の展望・・・

開業医から勤務医へ 「閉院」を選んだ50代医師の思い ―神内隆宏氏(六地蔵総合病院)

脳神経外科専門医を取得後、研さんを積み、香川県高松市に「じんないクリニック」を開業した神内隆宏氏。開院から13年目を迎えた2017年、家族、そして自分自身のこれからのことを考え、クリニックの閉院を決意します。開業医から勤・・・

都市部の“かかりつけ医難民”を救え!地域に寄り添う家庭医の想い―杉谷真季氏(桜新町アーバンクリニック)

開業医であった祖父の姿を見て、医師を目指した杉谷真季氏。高校生の時から家庭医を志し、都市部の患者を診ていきたいという明確なビジョンを持ちながら研さんを積んできました。キャリアを築くにあたっての考え方、これから家庭医として・・・

コワーキングスペースを回診! 地域にコミットするクリニックの想い ―麻植ホルム正之氏(ライフクリニック蓼科)

医療者側から医療の門を狭めない――。麻植ホルム正之氏は、このような思いから2017年9月長野県茅野市にライフクリニック蓼科を開業し、患者に多様な選択肢を提供しています。「人を医療を地域からハッピーに」というビジョンの裏に・・・

大学医局を出てからの気付き、そして自身の変化――わたしの医局論(4)

小鷹昌明(おだか・まさあき) 大学医局を退き、次の勤務として選んだ場所は福島県南相馬市にある市立病院でした。福島第一原発から23 kmの地点に存在する被災地病院です。赴任して間もなく“あること”に気付き、そこからは医師の・・・

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