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「地域医療を守る最後の砦として生まれ変わる」
下田メディカルセンターが改革してきたこと

取材日:2018年6月18日(エムスリーキャリア編集部)

下田_KV

 伊豆半島南部唯一の公立病院として、地域の急性期医療を支えてきた下田メディカルセンター(旧共立湊病院)。2013年の名称変更と新築移転に伴い、外観・内装も一新されただけでなく、ハイスペックな医療機器が揃えられました。医療法人社団静岡メディカルアライアンス(以下SMAグループ)への所属を機に、著しい業績改善を続けている下田メディカルセンターの実態に迫りました。

積極的に地域に歩み寄ることで経営を改善

 2013年、共立湊病院は、地域を守る医療機関を存続させるため、地元の1市5町からの委託を受けたSMAグループにより下田メディカルセンターとして生まれ変わりました。しかしながら、当初は医師を始めとする医療スタッフの確保が十分にできず、地域ニーズに応えることができませんでした。そんな状況を打破するべく同院は、経営戦略を大幅に変更することを決断します。グループ病院からの医師、看護師の派遣を増やすとともに、地域ニーズ応えるべく、回復期リハ病棟や地域包括ケア病棟の新設など、これまで対応していなかった領域にも着手。その他、様々な経営改善を図った結果、救急の受入れ件数や入院患者数、外来患者数の増加に繋がり、3年前には黒字転換を成功させました。

畑田 淳一院長
畑田 淳一院長

「新参者としてやってきた中で、外的要因だけでなく、医師の確保が十分でなく、地域の医療ニーズに応えられるような医療体制がとれなかったという内的要因が、経営を悪化させてしまったわけです。

 そこで経営改善を図るために、まずは地域の開業医の先生をすべて回ったんです。他にも、年に3回メディカルイブニングセミナーで開業医の先生をお招きして講演会を開催し、当院のスタッフの顔を見える化させただけでなく、医師会にも積極的に参加することで、まずは我々が地域に歩み寄るようにしました。こうした関係性構築の積み重ねを通し、場所的に地域のど真ん中にあるからこそ来院しやすいというメリットや、しっかりとした医療を提供しているという評判がだんだんと広まっていくことで、経営改善につながっていきましたね」(畑田淳一院長)

提供できる医療の幅もキャリアの選択肢も拡大

 SMAグループ傘下になったことで変化したのは、経営面だけではありません。医療の幅の拡大もそのひとつ。SMAグループの介護施設や診療所と連携することで、伊豆半島南部の地域包括ケアシステムが構築できるようになっただけでなく、グループの神奈川県にある中核病院である海老名総合病院放射線科と協力した取り組みにより、放射線科医による読影がオンライン・オンタイムで依頼できるようになりました。

杉原 弘晃理事長
杉原 弘晃理事長

「遠隔画像診断であるPACS・RIS・読影レポートシステムを導入し、海老名総合病院の放射線科医による読影ができるようになったことで、これまでこの地域でできなかった領域の医療を提供できるようになったと思います。その他にも、それまで地域ニーズに応えられなった泌尿器科、リウマチ科、心臓血管外科等の外来を恒常的に設置することが可能となりました。

 これからはこの地域は、医師の高齢化や後継者不足、都心への住民の流出などに伴い、地域の医療機関がどんどん減少している背景から、いかにこの地域で医療を完結させるかを考えなくてはいけません。そのためにグループメリットを存分に発揮する必要があると考えています」(杉原弘晃理事長)

 このようにSMAグループになったことで、専門治療もできるようになった同院。提供できる医療の幅が拡大したからこそ、スキルアップも目指せると伊藤副院長は語ります。

伊藤 和幸副院長
伊藤 和幸副院長

「少しずつ地域から認知されるようになったことで、賀茂地域の中で下田市や南伊豆以外の市町村からも患者さんが来院するようになりました。さらに開院当初は手術が必要と診断した患者さんの中でも県内の大学病院やがんセンターへの紹介を希望される方が多かったのですが、当院で手術を受けられる方も徐々に増えていきました。また緊急手術についても、麻酔医確保等の問題で当地域において発生した全ての症例に対応できていない状況もありますが、予定手術日当日やその前日に発生した症例などは積極的に当院で手術を行い、なるべく当地域で完結できるよう努力しています。施設としての手術件数はそれほど多くはありませんが、外科スタッフ数も少ないため必然的にほぼ全ての手術に参加することになり、個人としての経験値は同年代のライバルも多い都心の病院での研修と比較しても大きな遜色はないのではないかと考えています。一定期間の間、当地のような地域においてcommon diseaseを中心とした一般外科診療に携わるのは長い外科医人生の中でも非常に有意義な時間になるのではないでしょうか」(伊藤和幸副院長)

 週1日の研究日を利用してグループ病院を自由に行き来し、別病院に勤務する医師から指導してもらえる制度や、海外留学支援のノウハウを持つ公益財団法人日米医学医療交流財団(JANAMEF)から支援を受け、アメリカへ留学を希望する医師をサポートする制度など、医師の学びを支援する体制も充実している同院。働きながらスキルを高めるなど、やりたいことを追求できる環境が整っています。

医師の働き方改革を推進

 SMAグループの一員になったことで、現場の医師の働き方にも大きな影響を与えました。これまで医師の働き方改革を精力的に取り組んできたSMAグループでの仕組みを活かし、残業の削減や非常勤医の多さを活かした業務分担、医療クラークによる紹介状作成業務のサポート等、医師の負担軽減を可能にしてきました。さらに、職員専用の保育施設が併設し、子育て中の医師の働きやすさ向上にも注力。また、希望をすれば65歳以上の年齢になっても嘱託職員として継続勤務することが可能であり、医師が中長期的に働けるような環境づくりに励んでいます。

土肥 憲一郎先生
土肥 憲一郎先生

「私の妻も当院で小児科医として勤務していますが、当直業務を免除してもらえるなど、非常に手厚くサポートをしていただいています。子どもは院内併設の保育施設に預けることができるので、安心感がありますね。外来の応援や非常勤医の数も充実しているため、オンコールはほとんどありません。非常勤のスケジュール管理も総務課のスタッフが行ってくれるので、私が直接何かをしなければならないということはなく、負担を感じることもありません。常勤医が少ない分、一人ひとりに対するケアが徹底されていると感じますね」(土肥憲一郎先生)

 患者とじっくり向き合いたいという想いはもちろん、家族との時間をしっかりと持ちたいという想いにも応えられる環境を整えてきた下田メディカルセンター。多様化する医師の働き方に対するニーズを満たすため、医師一人ひとりに対してオーダーメイドのスケジュールを作成しているそうです。

杉原 弘晃理事長
杉原 弘晃理事長

「当院の医師のほとんどは下田の出身ではなく、横浜や東京から通勤している人が多いんです。月曜から木曜までは下田で働き、金曜から日曜は東京で休日を過ごしている医師もいますね。半単身赴任のような形で勤務しながらも、休みの日には家族と会う時間をしっかりと確保できるため、非常に好評です。土日の当直は非常勤の医師でまかないながら、常勤医には無理をさせない仕組みを整えています」(杉原弘晃理事長)

地域になくてはならない存在として

 赤字経営からわずか数年で黒字経営に転換させ、医療の幅を広げてきただけでなく、医師の働き方改革まで実現させた下田メディカルセンター。一方で、医療過疎が進み、これから先担うべき役割がますます増えていく同院。これからも地域医療を守る最後の砦として様々なニーズに応えていくには、より多くの医師の力が必要不可欠になると畑田淳一院長は語ります。

下田メディカルセンター外観
下田メディカルセンター外観

「5年後を考えるとこの地域の医療資源は更にかなり限られてくると考えています。そういった環境の中で今以上に地域から求められるようになったときにはこの地域の最後の砦として、急性期も回復期も、慢性期までやっていかなければいけないでしょう。地域の求めに答え続けていくことは決して楽ではないミッションですが、その分来ていただいた先生には大きなやりがいも感じて頂けるのではないでしょうか」(畑田 淳一院長)