「草食系こそER救急向き」地域医療で北米型ERを実践

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「草食系こそER救急向き」

地域医療で北米型ERを実践 福井大学医学部附属病院・林寛之教授に聞く

 過酷なイメージが付きまとう地域医療。その中で、軽症から重症まで幅広い患者の救急対応を行う北米型ER救急を実践するとなると、どんなに大変だろうかと考える人も多いかもしれません。そんな北米型ER救急に「“草食系”の医師こそ向いている」と話すのは福井大学医学部附属病院総合診療部の林寛之教授です。大学病院として全国で先駆けて北米型ERを実践し、医師教育にも力を入れる同院での取り組みは多くのメディアでも取り上げられています。北米型ER救急に携わる上でのポイントや、地域医療に携わる医師に必要な素養について聞きました。

「キレたらクビ」の真意

―「草食系」こそER救急医に、とのお話ですが、どういう意味でしょうか。

若手医師には「キレたらクビ」だと伝えています。何を言われても怒らない“草食系”の医師こそ、質の高い医療が提供できると思うからです。医学部の教育課程では診断に役立つ情報がいくつか並べられた上で判断ができますが、臨床現場ではそうはいかない。自分で仮説を立てて、必要な情報を取りに行かないといけませんから、情報収集力が必要不可欠です。

草食系の怒らない医師のもとには様々な情報が集まります。逆に他職種スタッフや患者からのちょっとした相談に、「そんなことを相談されても」といら立った反応を示してしまうと、次回以降「こんなことを聞いたら怒られるのでは」、「どうせ聞いてもらえない」と委縮して、相談してもらえなくなってしまう。相談されないと、必要な情報も集まりにくく、結果的に医師も働きづらくなってしまうんです。

臨床現場で意識しなければならない一番の基本は、“患者自身は自分が軽症なのか重症なのか分かっていない”ということです。いかにも元気な酔っ払いが、実は重大な疾病を抱えている可能性だってある。軽症患者の中に紛れている一握りの重症患者を見つけるためには、すべての患者に対してにこやかに対応し、細かなサインを見逃さないことが必要です。「こんな軽症なのにどうして来たの」なんて、言ってはいけません。

若手医師の中には、訴訟を恐れて検査をたくさんしてしまう人もいますが、多くの医療訴訟は、医療の提供内容というより、医療の提供のされ方が悪かったから訴えられているケースが多い。「横柄な態度を取られた」「話を聞いてもらえなかった」―。こんな医療者の態度が、患者の不信感を生んで訴訟の引き金になっているんです。医師と患者と共同戦線を張って、病気が共通の敵だという意識付けをしないとダメですよね。

救急では特に患者とじっくり対面する時間が取りづらいからこそ、どう振る舞うべきか、意識して教えています。風邪をひいて5日間我慢した末に受診した患者に対して、「なんでもっと早く来なかったのか」と言うのか、「5日間もよくがまんされましたね」と言うのかでも印象はだいぶ違いますよね。

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救急医は頭を下げてばかり?

―院内のコミュニケーションにおいては、後方の専門医と入院の必要性などについて見解の相違が生じた時、どうしても意見を通さないといけない場面もあるのではないでしょうか。

確かに、「入院が必要」と考える救急医と、後方の専門医の見解が異なり、説得の末にしぶしぶ対応してもらうということもあります。そうしたとき、「診療ガイドラインにはこう書いてある」と訴えて喧嘩になるくらいなら、頭を下げて対応をお願いした方がずっといいと思います。正論を主張しても人間関係はぎくしゃくするだけです。

「救急医は頭を下げてばかり」というイメージに、ネガティブな印象を持っている人も多いようです。でも、患者のために頭を下げるのは、かっこいいことなんですよ。

フロントラインに立つ救急医は、言わば治療のコーディネーターです。頭を下げて入院させた患者が、入院させたことでよくなるのであれば、患者のマネジメントとしては成功したということなんですから。

もちろん、常にER救急医が正しいわけではありません。必要以上に後方の専門医を呼び出して迷惑をかけてしまうこともあるので、持ちつ持たれつですが、間違っていた時は素直に謝ればいい。頭を下げることに、余計なプライドは持たない。間違えた分それで成長すれば、いずれ患者のためになります。

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穏やかな海で腕のいい船員は育たない

―地域医療で活躍できる医師になるには、どんな訓練が必要だと思いますか?

設備の整った環境でしか治療ができないようでは、地域医療は務まりません。大きな病院だけではなくて、中小病院、診療所でも実際に勤務経験を積んでみることが大切だと思います。

地域の医療機関にはそれぞれ、どんな患者がいるのか。検査機器が十分でない診療所で、病院へ送る救急患者の見極めがどれだけ難しいか―。場所によって求められるスキルや、提供できる医療の形は異なります。実際に働いてみなければ、その場所ごとの必要性や空気感は理解できません。穏やかな海で腕のいい船員は育ちませんから、若い医師にはいろんな場所で、「チョイつらめ」の研修を経験してもらいたいと思います。そして我々指導医を踏み台にして羽ばたいてもらいたいですね。