ドクターヘリ第一人者は元・消化器外科医 -キャリア選択で大事なこと-

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ドクターヘリ第一人者は元・消化器外科医

-キャリア選択で大事なこと-

ドクターヘリの第一人者、近年ではドラマ「コード・ブルー」の医療監修を手掛けたことで知られる松本尚先生(日本医科大学 救急医学 教授、千葉北総病院 救命救急センター長)。自身の「面白い」と思う気持ちに向き合い、消化器外科から外傷外科に転向し、国内で最初期にドクターヘリを導入、発展させてきた松本先生に、これまでのキャリアについて伺いました。

経験8年での壁 「過去の経験は白紙に」

1987年に金沢大学医学部を卒業した松本先生は、同大第二外科に入局し、附属病院で消化器外科医としての道を歩み始めました。胃がんを中心に多くの症例を経験して自信をつけていく反面、周囲の優秀な先輩や後輩に接しながら、「自分に付加価値をつけなければ、埋もれてしまう」と考えるようにもなったそうです。

以前、救急医療と集中治療に携わっていたこともあり、「消化器外科×救命救急」という可能性を考え、入局8年後の1995年、現在の所属先である日本医科大学に“国内留学”しました。

「それまでとはまったく違う環境でした。正直に言うと当時、消化器外科でかなりの症例経験を積んでいた自負がありましたから、救命救急でもそれなりに通用するだろうと少し思っていたんですね。それが甘い考えだったということは、初日から分かりました。『すべて白紙に戻して学ばなければ』と強く感じたのを覚えています」

それまで培った経験を“白紙”に戻すことに、抵抗を感じなかったのでしょうか――。そんな質問に対し、松本先生は「意地を張るより、コピーする方が楽とも言えます。『これだ』と思ったら、それまでの自分を白紙に戻す意味は大きいですよ」と語気を強めて答えてくれました。

松本先生

古巣に戻って気付いた自身の“道”

日本医科大学付属病院高度救命救急センターでの1年間が終わり、金沢大学に戻ると、自分自身の変化に気付いたそうです。

「1年前まで情熱を燃やしていた胃がんへの興味が薄れていました。以前は同僚が手術の執刀を経験すれば『悔しい』と思っていたのに、その気持ちが無くなったんです。そこで気付いたのが、自分は胃がん診療にはないダイナミズムを「外傷外科」に、感じていたんだということでした」

結果、戻ってわずか1年で、外傷外科に携わるために金沢大学の救急部に異動。大学医局の影響力がまだまだ強かった当時、若手・中堅で転向するのは「異端児」という状況でした。その上、現在ほど外傷外科は認知されていません。それでも、外傷外科への道を進むことに躊躇はなかったといいます。

しかし、同じ救命救急であっても診療アプローチや救急に対する周囲の環境に“文化”の違いが存在し、悩む時期もあったそうです。「3年やってみて、日本医科大学の方が自分には合うことが分かりましたから、移ることにしました」と、決断を下します。

前人未踏のドクターヘリに挑戦

2000年、日本医科大学千葉北総病院に赴任したとき、プロジェクトとして準備が進められていたのがドクターヘリでした。全国を見渡してもドクターヘリを正式運用している病院はなく、このプロジェクトを託された松本先生は手探りでのチャレンジを始めることになります。

「千葉県内でドクターヘリを理解していた人はほとんどいなかったと思います。だから、ドクターヘリ出動を依頼してもらう救急隊にその有用性を説明するといった苦労はありました。逆に、多くの人は『人命がもっと助かるらしい』というぼんやりとした認識でしたから、当院主導で進めやすい面もあったと思います。

何より私がプロジェクトを進められたのは、ドクターヘリが千葉県のニーズに合っていて、かつ、私自身が外傷症例をもっと診たいと思っていたからです。当院のカバーエリアは人口が多く、それでいて交通の便が悪い地域もある。そこにドクターヘリが有用だということは、試行事業を見学して感じていました」

日本の“ドクターヘリ元年”ともいえる2001年、ドクターヘリを運用し始めたのは3病院。その1つに、日本医科大学千葉北総病院が名を連ねることになりました。運航開始から15年以上が経ち、千葉北総病院でドクターヘリに携わるスタッフは3倍に増加。出動件数は年間1,200件超(2016年度)を誇り、全国平均の約490件を大きく上回ります。
現在では、全国のドクターヘリ導入病院から研修のために医療関係者が訪れ、ドラマ「コード・ブルー」のモデル病院としても有名です。

松本先生とドクターヘリ

松本尚先生が考える、キャリアの選び方

自身が「面白い」と思うものを信じてキャリアを選び取り、ステップアップしてきた松本先生――。取材の最後に、医師としてキャリアを歩むときの考え方を聞いてみました。

「面白いと思うものがあったら、まずは行って見てみることです。たとえばサイズ表記だけで服を買うべきか判断しづらいですが、試着してみれば判断できる。それと同じだと思います。それでも自分の選ぶべき道に迷うこともあるとは思いますが、『たまたま立ち寄るくらいならOK』といったくらいの気構えでいることも大事ではないでしょうか」