なぜ、日赤は総合診療医の育成に力を入れるのか
ーー日本赤十字社(以下、日赤)が総合診療部門を法人全体の未来戦略の土台として位置づけ、その育成に注力されている理由について教えてください。
はい。全国には90の赤十字病院があり、その全てが公的病院として、地域医療、救急医療、周産期医療、そして感染症対応に力を入れています。また、研修医教育にも非常に熱心に取り組んでいます。
現在、国全体で人口減少と高齢化が進んでいます。高齢の患者さんは多くの複合疾患を持っておられます。一つの専門性に特化して「病気」だけを診るのではなく、「人」そのものを診ていく姿勢、複合病態に対応できる医師が不可欠です。さらに、日赤の重要な使命である国内災害救護や国際医療救援の場においても、あらゆる現場に即座に対応できる総合診療医の育成と確保は、赤十字病院グループにとって非常に重要な課題と捉えています。(渡部先生)
ーー総合診療医の育成に力を入れ始めたのはいつ頃からなのでしょうか。
先進的な病院では10年ほど前から取り組んでいますが、本部として本格的に力を入れ始めたのは3年ほど前からです。きっかけのひとつは、名古屋第二赤十字病院で総合内科部長を務めていた横江正道先生が本部に異動したことでした。 彼自身、災害救護や国際救援の現場に出向く中で、ジェネラリストの必要性を肌で感じていたと言います。私たち本部としても、グループ全体で総合診療医を育成・確保に注力していきたいと考えており、ベクトルが一致しました。そして、今日ご参加いただいた上田先生・内山先生・土井先生をはじめ、グループの総合診療医全体が一丸となって、「日赤の総合診療を盛り上げていこう」という機運が高まっていったのです。 (渡部先生)
ーー本部としての育成戦略と、医療現場を知る先生方の熱意が合致して、現在の体制が作られているのですね。
近年、地方の小規模な病院では医師の確保が難しくなっています。医師不足に悩むエリアにおいては、幅広い疾患を診ることができる総合診療医の存在が、地域医療を維持する生命線となります。私たち本部としては、こうした現場のニーズに応えるため、スケールメリットを活かしたネットワークを構築し、医師を育成・確保していく方針です。(渡部先生)
実績が証明する「選ばれる病院」の育成力
ーー医学生や研修医から「選ばれる病院」として高い人気を誇る、武蔵野赤十字病院の上田先生と、大津赤十字病院の内山先生にお話を伺います。まずは人気の理由について教えていただけますか。
当院は、現在の臨床研修制度でスーパーローテートが必修化されるはるか以前、1980年からスーパーローテート方式を採用していた歴史があります。現在の必修化プログラムとほとんど同じ内容を当時から実践しており、そのノウハウが蓄積されています。その歴史のおかげで、制度が必修化された当初から多くの応募をいただき、優秀な学生を採用できています。優秀な研修医が入ると、彼らが見学に来た学生をもてなしてくれますし、病院内にも「研修医が常にいる」という文化が根付きました。研修医の役割が明確であり、東京という立地も含めて、安定した人気につながっているのだと思います。 (上田先生)
私のところは上田先生のところとは対照的で、人気が出始めたのはごく最近のことです。2018年頃までは定員割れがめずらしくない病院でした。当時「症例数、設備、熱心な指導医など、環境が整っているのになぜ集まらないのか」と不思議に思っておりましたので、2019年に私が研修担当を引き受けた時、まず研修医一人ひとりと面談をしてニーズを聞くことから始めました。当時はローテーションが固定されており、研修医の要望に合わせた柔軟な研修を組めないことが不満の一つであることがわかりました。そこで、研修医自身が主体的にローテーションを決められるように改革しました。私が一番大事にしているのは、「当院で研修したいと思っている人」と、「当院の研修医になってほしい人」をマッチさせることです。そのためには、常に研修医や学生の声に耳を傾けることが重要だと考えています。お互いのニーズがマッチしていれば、研修医は3年目以降も残ってくれ、その彼らが、また学生を誘ってくれるといった好循環が生まれるのだと思います。 (内山先生)
ーー具体的な総合診療プログラムの特徴と、今後の展望についてもお聞かせください。
武蔵野赤十字病院の総合診療科は2007年に設立され、20年近くの歴史があります。初期研修と後期研修を一貫して指導してきた実績があり、やる気のある初期研修医と共に学べる環境が魅力です。プログラムとしては、小児科や救急科を自前でローテートできるほか、北海道の浦河赤十字病院や群馬の原町赤十字病院といった地方の赤十字病院、さらには都内の病院とも連携して研修を行っています。私としては、すべての医師に「総合診療マインド」を持ってほしいと願っています。専門診療に進んだとしても、自分の専門領域だけでなく、患者さんにとって一番幸せなことは何かを組み立てられる医師、そんな仲間を増やしていきたいですね。 (上田先生)
大津赤十字病院では、2024年に総合診療科が立ち上がったばかりです。特徴としては、家庭医療、病院総合診療、内科、救急科、緩和ケアなど、多様なバックグラウンドを持つスタッフが集まっていることです。そのため、多彩なプログラムを用意できる点が魅力ですね。「家庭医療×総合診療」、「病院総合診療×総合診療」のサブスペシャリティ研修はもちろんのこと、「内科×総合診療」や「救急×総合診療」のダブルボード研修、さらには緩和医療や大学と連携した臨床研究など、本人のキャリアプランやライフスタイルに合わせて自由に設計できる環境を整えています。私は、総合診療医を増やすことは「オセロ」のようなものだと考えています。今すぐに同じ色の石(総合診療医)が増えなくても、盤面の端で目立たないが不可欠な四隅をしっかりと総合診療医が押さえていれば、将来的には盤面全体の石、つまり病院全体の医師がジェネラルマインドを持った色に変わっていく。そこを目指して、焦らず一人ひとり、仲間を増やしていきたいですね。 (内山先生)
新設部門の挑戦——大都市圏の総合診療医に求められる役割
ーー横浜市立みなと赤十字病院では総合診療部門が新たに創設されました。土井先生に立ち上げを任された経緯と、想いについてうかがいます。
院長は「内科疾患だけでなく、外傷や中毒、分類不能な症状も含めて横断的に診られるホスピタリストが必要だ」という考えをお持ちでした。私は小児科医としてキャリアをスタートし、その後救急科を経験してきたので、親和性をもっていたことが総合診療科の立ち上げを任されたひとつの理由です。また、研修医教育の学びの場づくりに昔から取り組んできた経緯があり、育成・研修についてノウハウをもっていることを評価してくださったのかと思います。(土井先生)
ーー大都市圏である横浜だからこそ求められる、総合診療医の役割とは何だとお考えでしょうか。
「総合診療医は地方で必要とされる」というイメージがあるかもしれません。しかし、私は大都市圏でも、同等以上に総合診療医が必要だと感じています。大規模な病院では、医局派遣による「縦割り」の構造が強くなる傾向があります。専門医のレベルは非常に高いのですが、多疾患併存の患者さんに対して「これはうちの科ではない」という押し付け合いのような状況が生まれてしまうケースを見てきました。そんな時、横断的に診ることができる医師、いわば「指揮者」のような存在が一人いるだけで、診療の流れが劇的にスムーズになるのです。 (土井先生)
ーー新設部門ならではの指導方針や、「みなと赤十字流」のスタイルについて教えてください。
当部門の売りは、救急的な対応から複雑な内科診断まで、病態生理に基づいて深く学べる点です。感染症内科のジェネラリストとも密に連携しており、臨床推論をロジカルに学ぶことができます。また、教育面では「コーチング」の手法を取り入れています。部下との面談を通じて、彼らの自己主導性を高めるような関わりを重視しています。「心は優しく、頭は冷静に」。患者さんの生活背景や価値観を大切にしながら、医学的な病態生理もしっかりと突き詰める。まだ試行錯誤の最中ですが、教育と診療を両輪として、若い先生方と一緒に新しい組織を作り上げていきたいと考えています。 (土井先生)
被災地の患者・医療スタッフの「生活」「心」に寄り添う
ーー日赤の医師として働くうえで、「災害医療」は避けて通れないテーマです。実際の現場で総合診療医の視点がどのように活かされるのか、具体的なエピソードをうかがえますでしょうか。
私は2020年当時、ダイヤモンド・プリンセス号の対応にあたりました。乗客の方々の搬送先を決める際に大切なのは、医学的な重症度だけではありません。ご夫婦を離れ離れにしない配慮など、全人的な視点・総合診療的な視点がトラブルを防ぎ、患者さんの安心につながると感じました。また、被災地の避難所に来られる患者さんは、身体的な不調だけでなく、被災前の生活背景や家族の問題を引きずっておられることが多々あります。震災を契機に症状が出たとしても、その背景にある「生活」や「人生」まで診る力が、災害救護の現場では求められます。 (渡部先生)
ーー東日本大震災においても、総合診療医は多岐に渡り活躍したとうかがっています。
忘れてならない視点のひとつとして、被災地で働く医療スタッフ自身も被災者であることがあります。彼らに休息の時間を提供し、支えることもまた、重要な「救護」の一つです。横江先生からはよく石巻赤十字病院での話を聞きます。当時の名古屋第二赤十字病院院長から「君の一番得意な研修医教育をやってこい」と言われて派遣されたそうです。被災地の混乱の中で教育などできるのかと思われるかもしれません。しかし、研修医へのレクチャーや指導を通じて「日常」の時間を作ることで、現場のスタッフに笑顔が戻り、張り詰めた空気が和らぐのです。教育という切り口で現場の空気を変え、支援を行う。これもジェネラリストとしての重要な役割だと言えるでしょう。 (渡部先生)
私も東日本大震災の際、石巻赤十字病院の病棟支援に入りました。福岡赤十字病院から派遣された救護班に参加して避難所を回ったときのことです。ある避難所で、毎朝一番に必ず血圧を測りに来る「名物おばあちゃん」がいました。はじめは毎日よく来るなと思っていました。しかしカルテをよく見ると、震災直後に循環器の先生が書いた「毎日血圧を測るように」という指示を、そのおばあちゃんは忠実に守っていただけだったのです。医学的な管理だけでなく、その患者さんがどのような想いで行動しているのか、その背景に気づくことの大切さを学びました。急性期の治療だけでなく、その後の生活、そして心のケアまで含めて寄り添う。それが日赤の災害医療であり、総合診療医の腕の見せ所なのだと思います。 (上田先生)
結びに——いかなる状況下でも人間の命と健康、尊厳を守る
ーー最後に、日赤で総合診療医を目指す若手医師、そして未来の仲間たちへメッセージをお願いします。
今日、3人の先生方がお話しされた通り、私たち赤十字は「全人的な医療を行いたい」「患者さんのために尽くしたい」という志を持った医師を求めています。オランダ人の医師であり、長崎大学医学部の開祖であるポンぺは「医師という資格は自分自身のものではなく、病める人のものだ」という言葉を残しました。医師という職業を選んだ以上、この資格は患者さんのためにあるということを決して忘れないでほしい。日赤のミッションステートメントは「いかなる状況下でも人間の命と健康、尊厳を守る」ことです。この使命に共感し、世のため人のために、私たちと一緒に未来の医療を創っていける方をお待ちしています。 (渡部先生)