被災地域の災害対策本部をサポートする「DHEAT」
DHEATとは、災害時健康危機管理チーム(Disaster Health Emergency Assistance Team)の略です。災害時に派遣される医療チームであるDMATは発災直後に被災地域に入り、救急治療を行いますが、DHEATは被災地に設置される災害対策本部の機能を支援します。
今回の能登半島地震の被災地支援のため、DHEATとして活動した、東京都多摩小平保健所長の山下公平先生は次のように説明します。

「被災地の被害が甚大になると、その地域の災害対策を行うべき本部機能も損なわれることがあります。また、さまざまな支援チームが入るなか、その調整も、地元の職員の方だけでは回せなくなることがあります。そこで、保健所の機能を担える人材が外部から入り、本部機能を支援するのがDHEATです。
災害の復旧時はフェーズによってニーズがどんどん変わりますので、現地に入って、復旧に向けたロードマップを考えながら柔軟に対応することが求められます。そのため、保健衛生上の様々な課題について連絡調整まで幅広く対応できるよう、“ミニ保健所”のような体制を作るべく、医師をはじめとする多職種で構成されるDHEATが活動を行いました」(山下先生)
DHEATが厚生労働省により制度化されたのは、東日本大震災、熊本地震を経た2018年のこと。東京都では、同年7月に起きた西日本豪雨で制度化後初となるDHEAT活動を行い、能登半島地震が2回目の派遣でした。
地域の生の声を拾い上げ、復興へ向けたゴールを描く
能登半島地震の際は、医師、保健師、栄養士、薬剤師、獣医、衛生監視といった専門職や業務調整員が5名1班となり、1月24日から2月17日までの間、各班4泊5日、計5班が石川県でDHEAT活動を行いました。
東京都DHEATが主に担ったのは、被災した高齢者が地域で生活を取り戻せるよう、在宅福祉サービスの復旧に向けた課題把握のための調査とそれを踏まえた今後の方針整理です。
「1、2班は、能登半島北部の4市町の電話調査を行い、3班は能登半島中部の3市町と、それまでに連絡の取れなかったサービス事業者の方への再度の連絡。4班は、2次避難所に移るまでの“つなぎ”として金沢市内に設けられた1.5次避難所にいらっしゃる避難者の方の意向確認を。そして最後の5班は、引き続き調査を行うとともに、それらをまとめて、次の鹿児島県のチームに引き継ぐ役割を担いました」(山下先生)
山下先生自身は3班として石川県に入り、県庁の長寿社会課の業務を支援し、各サービス業者へ聞き取り調査を行いました。サービスは提供できているのか、利用者はどのぐらい減っているのかといった数字として表れることだけではなく、どういうことで困っていて、どのように対応しているのかという生の声を聞けたことが非常に役立った、と山下先生は話します。
「医療ニーズの高い要介護の方は入所できる施設に避難されていたり、訪問看護を増やしてなんとか対応していたりといったことがわかりました。また、現地に行く前は、被災地の人口規模を考えると、自宅で暮らせないのであれば全員で安全な地域に移っていただくことが現実的な対応ではないかと考えていましたが、お話を伺うなかで、高齢の方同士で支え合って地域で生活していることがよくわかり、安易に考えてはいけないと気づかされました。被災者の方の普段の暮らしを想像できないと、復興の方向性を間違えてしまう可能性があります。だからこそ、地域のさまざまな事業者の方からの生の声を一つひとつ拾い上げることは、非常に意義のあることだったと思います。実際、厚労省の担当者の方からも『こういう情報がほしかった』と非常に喜ばれました」(山下先生)
高齢者の被災・避難ならではの課題も痛感
「被災地で求められることは刻々と変わっていくことを感じました」と話すのは、第5班として石川県に入った、保健医療局保健政策部疾病対策課長の深井園子先生です。5班は、石川県庁内の長寿社会課の業務を支援するチームと、DMAT高齢福祉担当業務を支援するチームの二手に分かれました。
深井先生は、リーダーとして両チームの進捗管理を行うとともに、県庁内の保健福祉調整本部会議などの各種会議に参加。また、現状の課題を把握するために金沢市内の避難所にも足を運びました。

「発災直後は避難所に多くの方が集まっていて感染症対策も重要課題でしたが、私が訪ねた頃には避難所にいらっしゃる方はまばらになっていました。高齢の方が多い状況は変わらないなか、避難所内でも孤立してしまったり、ADLが低下してしまったりするのではないかと課題に感じました。高齢者の心身の健康を保つには、体調だけではなく、コミュニケーションやフレイル予防、認知機能などにも配慮が必要です。都内でも高齢化率は高まっていますので、高齢者が被災・避難されたときの対応はさらに考えなければいけないと感じました」(深井先生)
地域の関係者を巻き込み、災害に強い東京をつくる
発災を想定した備えも日頃から行っています。深井先生が在籍する疾病対策課での取り組みの一つが、災害時の透析医療です。
「『災害時における透析医療活動マニュアル』を作成し、2021年5月には4度目の改定を行いました。このマニュアルを各医療機関や区市町村の関係機関に周知し、災害への備えを進めているほか、都内の各自治体や各医療機関の災害時透析医療の取り組みを、好事例集として毎年まとめてホームページに掲載しています。また、平常時から東京都透析医会、東京都臨床工学技士会と情報を共有し、年1回は、『広域関東圏連携会議』として、他県と合同でオンラインでの机上訓練を行っています。先日は、新潟県で発災した場合を想定して、透析患者さんをどのような形で都県に搬送するか、各都県ではどのぐらいの患者さんの受け入れが可能かといったシミュレーションを行いました」(深井先生)
具体的にシミュレーションを行うことで、「空港経由で受け入れる場合、飛行機に乗れない方はどうするか」といった具体的な課題が見えてきます。また、訓練時には各医療機関から受け入れ可能人数の報告を受け、速やかに集計する練習も。能登半島地震の際も、結果的には透析患者さんの都内での受け入れは必要ありませんでしたが、発災直後から東京都透析医会と連携して受け入れ可能人数を把握し、もしものときに備えていたそうです。
一方、各地域の保健所は、災害時には危機管理の拠点として機能することが求められます。
「休日や夜間に発災しても速やかに本部機能を立ち上げられるよう、安否情報の共有や参集のための訓練を定期的に行っています。また、避難所運営と感染症対策の両立が必要になることもありますので、防護服着脱を含む感染症対応訓練は保健所の職員だけではなく圏域の市の防災担当の方々とも一緒に行っています。さらに、避難所等でインフルエンザやノロウイルスの集団感染が発生したときに備え、学校や福祉施設の方とも一緒に訓練や研修を行っています。こうした取り組みによって、地域の感染症対応力は着実に向上しています」(山下先生)
組織として動くことで、大きな活動ができる
目の前の患者さんに向き合うのが臨床なら、公衆衛生は集団の命や生活を守ることです。
そのためには様々な専門家との協力が必要となり、それが自身への成長にもつながると深井先生は言います。
「災害に限らず、少し前の新型コロナウイルス感染症への対応など、国内、そして世界中でそのときどきに問題になっていることにタイムリーに取り組むことができる、やりがいのある仕事です。また、今回のDHEATが5人体制だったように、いろいろな職種と連携することで、できることの幅が広がります。さらには、地域のさまざまな専門家とネットワークをもつことで都民にとってより良い取り組みができ、自分自身の視野も広がります」(深井先生)
また、山下先生は「仕組みを使って仕事をするのが公衆衛生」と話します。
「一人が直接できることには限界がありますが、保健所は100人ほどの多職種集団で、連携する関係者がとても多いことから、仕組みを活用して組織的に動くことで、一人の力をはるかに超えた仕事ができます。新型コロナのように初めて経験する事態が次々と起きていく場面では、既存の仕組みでは対応できないことが多くなるので、自分たちで新たにつくり上げていき、それを他の保健所や地域の関係機関とも共有し、広く活用できるように仕組みの改良を重ねていきます。変化のスピードが速い今の時代、こうしたダイナミズムのなかで達成感や自身の成長を感じられることが公衆衛生医師の仕事の魅力です」(山下先生)

「このメッセージは、保健所が連日連夜新型コロナ対応にあたっていた頃、都民の方からいただいたものです。東京都の公衆衛生医師は、1400万人もの都民の命と健康を守る仕事です。大きな責任を伴う一方で、やりがいも大きく、都民からの「ありがとう」という感謝の言葉が励みになります」と山下先生は笑顔を見せます。
地域の仕組み・ルールづくりを通じて、多くの人と連携しながら、住民全体の医療や健康を支える公衆衛生医師。関心をもたれた方は、まずは業務説明会や個別相談会などで直接話を聞いてみませんか。
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