臨床推論が不十分だと、どうなる?!-訴訟からひもとく重要性 明日から役立つ臨床推論!vol1【総合内科・徳田安春先生】
患者の病態に対し、よりよい仮説を立て、的確な判断を行っていくためには-?
臨床推論の重要性から、研修医が陥りがちな落とし穴まで、明日から役立つポイントを徳田安春先生(独立行政法人地域医療機能推進機構本部研修センター長)が解説します。
*この内容は、2014年6月に行われたセミナー「レジデント これだけ知っとけ キャリアと臨床推論 ~総合内科編~」の講演内容を編集・一部改変したものです。
なぜ臨床推論が役立つのか
今回から複数回にわたって、「明日から役に立つ臨床推論」というテーマで実践的なお話をしたいと思います。
そもそも、なぜ、臨床推論を行うことが重要なのでしょうか。
医療現場では、手術ミスや診断見逃しなどによって、医療事故や訴訟問題が発生しています。
東京と大阪の地方裁判所の訴訟274例を詳しく見てみると、訴訟の引き金になったのは「手術ミス」が44%でトップでしたが、2番目に多かったのは、「診断の見逃しや遅れ」(30%)でした。医師であるなら、この現状はよく知っておいた方が良いと思います。
このほかにも、関連するデータを見てみましょう。救急医学会がまとめた、1965年―2011年の救急外来での診断訴訟データでは、診断訴訟に至った疾患は、外傷(11人)が最多で、絞扼性腸閉塞(7人)、急性喉頭蓋炎(6人)、くも膜下出血(4人)と続いています。
プライマリケア外来での診断訴訟数にも目を向けてみます。日本には全国的なデータがありませんでしたので、アメリカのデータになります。この表を見ると、様々な疾患が訴訟対象になっていることが分かります。
前述の通り、これらの訴訟の背景には、医師の見逃し、診断の遅れなども多い。臨床推論は、こうした残念なてん末を避けるための、大変重要なスキルなのです。
「直感的思考」と「分析的思考」で診断を導きだす
臨床推論をする上で知っておかなければいけないのは、システム1とシステム2という考え方です。これは、2002年にノーベル経済学賞をとったダニエル・カーネマン先生が、「人間の経済行動は分析的だけではなく、直感的にも動く」ということを証明し、それを踏まえて提唱されたものです。
経験則に則った直感的思考に基づく診断がシステム1、分析的思考に基づく推論がシステム2となります。我々は無意識のうちに、システム1とシステム2を使い分けながら臨床推論を行っていますが、両者のメリット・デメリットを意識して使い分けられるようになれば、診断技術に多様性と柔軟性が生まれ,より洗練された診断を下せるようになるでしょう。
システム1のメリット・デメリット
熟練した医師は、それまでの臨床経験から得意領域の疾患の症状・所見のパターンをマスターしており、それらのパターンを踏まえて直感的に診断を行います。これがシステム1です。臨床医の経験や、今日までに集積されてきたエビデンスに裏打ちされた現場での格言をクリニカルパールと言いますが、クリニカルパールに依った判断も同様に、システム1です。
システム1を用いた診断は、非常に迅速で効率的であるという特徴があります。ただ、経験が未熟な医師が無理にシステム1を使おうとすると、様々なバイアスの影響を受けやすいというデメリットもあります。
システム2のメリット・デメリット
一方、分析的思考であるシステム2は、フレームワークやアルゴリズムに則った臨床推論のプロセスです。たとえば、検査前確率と尤度比で検査後確率を求める「Bayesの定理」を活用するときなどがこれに当たります。
システム2は、網羅的かつ分析的・科学的ですが、フレームワークに頼りすぎた結果、診断を出すのに時間がかかりすぎたり、非効率になってしまったりすることがあります。また、常にシステム1を超えるほどの正確な診断ができるのかというと、疑わしい面もあります。