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寄稿記事 わたしの女医ライフ【第14回】

防げなかった後輩医師の死…若手医師に伝えたいこと―わたしの女医ライフ

2019年9月17日(正木稔子)

 後輩医師が自殺した。あまりにも急で、悲しい知らせだった。学年は随分下だったが、共にスタジオに入り音楽をやって、仲良くしていた仲間だった。
どうして相談してくれなかったんだろう。なぜ?なぜ?わたしがもっと気にかけて話を聞いてあげていたら、死を選ばずにすんだのでは?
気持ちが整理できないまま月日が経っていった。その後も、2人の後輩医師が自殺。一体どうして?わたしの中で、疑問はさらに大きくなっていった。

 自分のことを振り返れば、離婚を目前に控えた卒後4年目の頃、わたしは自身が抱える問題について誰にも相談できずにいた。元夫とは同じ医局に所属していたため、同僚には口が裂けても家庭の問題を持ち出せないと思っていた。反対を押し切って上京した手前、親にも言えない。その上、当時は後期研修で忙しく、友人ともなかなか連絡が取れない。八方塞がりとはこのことだ、と思った。

 卒後6年で退局し、7年目からフリーランスとして勤務することになった。親類に医師がおらず医局員としてのキャリアしか知らなかったわたしは、退局してフリーになることがとても怖かったし、社会に投げ出される不安でいっぱいだった。しかし、いざフリーになってみると、勤務時間が減ったことで勉強時間が確保できるだけでなく、仕事中は全力で取り組めるようになり、効率も上がった。同じような形態で働いているドクターは複数いた。怖がらなくて良かったのだ。こんな働き方、誰も教えてくれなかった。医学部は専門学校みたいなものなのに、どうしてキャリア教育がないのだろう?

患者を救うためにも、まず自分自身のケアを

 そんな経験をして、まずは自分の足で立つことの重要性に気がついた。
医師が医療に精を出すのは当然だが、あまりにもプライベートなことを考える時間がない。わたしはフリーになって初めて、医局にいたころは自分が技術を習得することで精一杯で、患者である他人のことまで十分に思いやる余裕など持ち合わせていなかったことに気がついた。そしてそれは、わたしだけではなかった。
命に関わる責任の重い仕事なのに、医師のことは誰がケアしてくれるのだろうか。自分自身をケアする大切さすら教えられていない。誰かを助けるには、まずはわたしたち自身が充足を得ていないと、ミイラ取りがミイラになるのは目に見えている。ドクターのためのサードプレイスが必要なのではないか、と考え始めた。

 そんな想いを抱えていたさなかのこと。ある医学生がわたしの元を度々訪れ、学校では学べない医師のキャリアや仕事について、話を聞いてはやる気を回復させ、学校へ戻っていった。最初は1人だったのが、友人も連れてくるように。段々その集まりが大きくなっていった。

 これを形にしたいと2014年に立ち上げた団体が、「Doctors’ Style」だ。瞬く間に全国に飛び火し、医師と医学生の交流会を開催することになった。その中で、医学生は将来の展望をつかみ、医師は学生時代を思い出し心に灯をともして現場に戻っていく。そういった姿を見るととてもうれしかった。

悩みを吐き出せるサードプレイスを見つけて

 Doctors’ Styleは、集まる場を提供するためにいろんな形のイベントを開催している。といっても、ただ集まって話せばいいのではない。サードプレイスを提供することで互いに励まし合い、医療に対する熱意を取り戻すのが目的だ。

 特に最近は、初期研修医からこういう相談を受けている。「医師としての仕事に希望を見いだせない。お先真っ暗。結婚して専業主婦にでもなろうかな、楽そうな皮膚科とか眼科にしようかな」「患者さんに怒鳴られて自分は悪い医者なんだと自信喪失している」「職場で役に立ってない気がする」「一度教えられたことができるようにならない」──。

 社会に出て最初の6年くらいは大変な思いをして当然だ。特に医師には人の命を扱う重責がある。しかし、今が大変だからといって、医師になるために幼少期から積み上げてきたすべての努力や自分の人生を、否定するようなことだけはしないでほしい。「辛い今」は通過点でしかない。医師という仕事の醍醐味をまだ知らないのだから。100パーセント他者の役に立てる、そんな職業に選ばれて光栄なことなのだ。そういうわたしも、このように考えられるようになったのは卒後8年目から。人のことは言えない。

 わたしの離婚やキャリアに関する悩み同様、医師の人生で起こる問題は往々にして特別なものではなく、多くの先輩医師や仲間が経験しているもの。だからこそ、利害関係のないサードプレイスに集まればいい。悩んでいる、自殺を考える、それは人生の壁にぶち当たっているということ。視点を変えれば、これから人生が好転していく兆しなのだ。決して恥ずかしいことではない。逃げずに向き合えば事態は必ず良くなる。乗り越えられない試練は絶対に起こらないのだから。

正木先生のプロフィール写真

正木稔子(まさき・としこ)
1979年生まれ。福岡県北九州市出身。
福岡大学医学部を卒業後、日本大学病院耳鼻咽喉科・頭頸部外科に入局。主に癌治療を行う。その後クリニックに勤務し、西洋医学に漢方薬を取り入れたスタイルで診療をしている。
現在は診療業務と並行してDoctors’ Styleの代表を務め、医学生とドクターを対象に、全国で交流会を開催したり、病を抱えた方々の声を届けている。また、ドクターや医学生に向けた漢方の講演なども行っている。
それ以外にも、国内外で活躍する音楽一座HEAVENESEの専属医を務めているほか、「食と心と健康」と題して一般の方向けにセミナーを開催し、医療だけに頼るのではなく普段の生活の中からできることを提案している。