専門医資格を取得して研鑽を積む医師が大勢いるのに比べ、コミュニケーション能力を座学や実習を通じて学び、向上させようという医師は少ないように思います。コミュニケーションは何歳からでも変えることができると言われているにもかかわらず、です。
専門医資格を取得して研鑽を積む医師が大勢いるのに比べ、コミュニケーション能力を座学や実習を通じて学び、向上させようという医師は少ないように思います。コミュニケーションは何歳からでも変えることができると言われているにもかかわらず、です。
この連載を担当している医師2名は、経験10年目を過ぎて初めて、あるコミュニケーションスキルについて本格的に学ぶ機会を得ました。それが「コーチング」です。正直なところ、当初わたしたちは、コーチングによって、自分自身で実感できるほどにコミュニケーションを変えられるとは思ってもいませんでした。しかし今では、コミュニケーションが組織や患者さんの意識や行動を変えるほどの大きな力を持っていることにとても驚いています。
本連載ではこれから、医療現場でコミュニケーションをどのように改善していけばよいか、ケーススタディを織り交ぜながら、説明したいと思います。今回はまず、わたしたちがコーチングに目覚めた経緯を以下にご紹介します。
【ケース】
スタッフ不足の糖尿病チームの規模が3倍に拡大!専門資格取得者は4倍に!
<背景>
疑い例も含めると国内に2050万人に上る患者さんがいる糖尿病領域は、全国各地で医療資源が必要とされています。そのような中、我々が勤務する国保旭中央病院は100万人診療圏に位置しており、通院する糖尿病患者は年間4500人。筆者ら2名が赴任した2014年当時、周辺約20市町村に常勤の糖尿病専門医はおらず、極めて医療資源に乏しい状況でした。
<解決策>
医師だけで改善できる状況ではないと痛感し、まずは21名からなる院内の糖尿病チームの活性化を目標にしました。そのために、わたしたちは知人から「効果的だ」と聞いていたコーチングの勉強を開始。その中で、たとえば仕事を依頼するにしても用件を伝えるだけで終始せず、「組織が向かうビジョンを伝える」といったようなリーダーとしてあるべきコミュニケーションについても学びました。その効果を体感するようになってからは、私達がコーチとして実際にさまざまなメンバーに対してコーチングを行いました(1~2週に1回30~60分程度、計10回)。結果として、メンバーの意識や行動が変わり、院内外で様々な取り組みが行われるようになりました。
糖尿病チームの熱意は院内にも波及して、チームメンバーは約2年間で21名から10職種60人にまで増加。糖尿病療養指導士(糖尿病領域で医療スタッフが取れるメジャーな資格)の有資格者も12人から46人に増え、今後のさらなる活躍が期待される状況となっています。
「本当にコーチングだけでこれほどの成果が出たのだろうか」と感じる方もいるかもしれません。わたしたちが実践を通じて体感したのは、自分自身の肉体的・精神的基礎体力(ファウンデーションとも呼びます)の上にアクティブなコミュニケーションがあり、さらにその応用形の一つにコーチングがあるということです=下図=。そのためコーチングで大きな成果をだすためには、表面的なテクニックに終始せず、自分を見直す必要があります。これが周囲を変える原動力になります。
既にコーチングやコミュニケーションについて本で読んだり、講義を受けたりしたものの、効果がなかったと感じている方もいるでしょう。しかし、読書や講義による学習定着率は5~10%程度とも言われており、しっかりとした意識を持って日常の中で取り組むことがとても大切です。また、ダイエットやマラソンのようにこれらの取り組みは継続させることも欠かせません。
次回、コーチングの概論についてもう少しだけご説明したいと思います。
【著者略歴】
横尾英孝
所属 千葉大学医学部付属病院総合医療教育研修センター
大西俊一郎
所属 旭中央病院糖尿病代謝内科
糖尿病を専門として、地域、病院院内のチーム、糖尿病患者を良くするためにコミュニケーション、コーチングを学ぶ。それぞれ「教える」、「楽しむ」ことを第一義の価値観として持ち、人のエンパワーメントを通じて新しい形の医療を望む。