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寄稿記事 わたしの女医ライフ【第7回】

人生経験が臨床現場で生きるとき―わたしの女医ライフ

2018年8月30日(正木稔子)

 「先生、舌のしびれが良くなりました!耳鼻科だから話していなかったけど、実は手のしびれもあったんですよ。それもすっかり良くなったから続けていいですか?」

 わたしが漢方薬を本格的に勉強しようと思ったきっかけは、この一言だった。

主訴だけでなく、副訴まで効いた原体験

 わたしが漢方薬に出会ったのは高校生の時。月経痛が強く西洋薬を使っていたが、痛みは軽減するものの無くなることはなかった。薬剤師である父が、毎回痛がるわたしを見かねてある漢方薬を勧めてくれた。不思議なことに、これを飲むと痛みが全くなくなったのだ。

 医師になって3年目の時、当時の経験を思い出し、産婦人科で「月経痛の漢方薬をください!」と言った。処方されたのは、適応疾患は同じでも、父が勧めてくれたのとは違う漢方薬だった。飲んでみると、これがまずいし効かない。適応疾患は同じなのにどうしてこんなに違いが出るのだろう?と不思議に思った。

 そして、医師になって5年目の時。スティーブンス・ジョンソン症候群で救命された方が日常生活に戻り、舌のしびれを訴えて耳鼻科外来を受診した。しびれといえばビタミンB12の処方を考える。しかしその方の舌は瘢痕がほとんどの面積を占め、ビタミン剤で効くとは到底思えなかった。その時、苦肉の策で処方したのが漢方薬で、後日、経過を聞いた時に返ってきたのが冒頭の言葉だった。図らずもその漢方薬が劇的に効いて、舌のしびれだけでなく、手のしびれまで良くなったと言う。しかもその喜び方が、これまで西洋医学で治療してきた患者さんたちの喜び方をはるかに上回るものだったので、わたしの方が驚いたのだ。「漢方薬っていったいどういう効き方をしているんだろう?こんなに喜んでもらえるのならもっと勉強したい」と思うようになった。

 7年目から勤務するようになった診療所の前任の先生が漢方薬を処方していた関係で、患者さんが度々漢方薬を求めて来院していた。しかし、処方する側のわたしが継続していいかもわからないまま処方するのは無責任だと感じ、改めて勉強に励んでいた。

 「診療所」での診察は、それまで勤務していた「病院」で診る疾患とは、同じ耳鼻咽喉科でも別の科かと思うほど主訴が違う。その多くが西洋医学では所見すら取れず、出す薬もない、処置もできない、説明のしようがないという無力感を味わっていた。そんな時、漢方を集中的に勉強するたびに「この処方はあの主訴に効くかもしれない!」という希望が湧き、毎回診療に立つのが楽しくなっていった。

心と身体はひとつ。困っている人の心の重荷を降ろしたい

 日本漢方には「心身一如(しんしんいちにょ)」と言う言葉があるのをご存じだろうか。心と身体はひとつであるという意味だ。身体に出ている症状に心の状態が影響していることがあるという、いわゆる心身症のことだ。これは禅から始まった言葉のようだが、日本の医療では飛鳥~奈良時代から概念として用いられていた。

 漢方薬を処方するようになって良かったと思うのは、問診は、病気の話だけをするのではないと気付いたことだった。その方の背景、つまり生活やストレス、反応の仕方や話し方などすべてが情報となるので患者さんを観察したくなった。さらに、心の状態が大きな問題となる。患者さんが目の前にしている問題について、まるで親しい友人のように根掘り葉掘り聞き出すから、中には涙を流される患者さんもいる。これは医師としての特権でもあるなと思う。なぜなら、医師は社会的に信頼できる人だと思われている。でも親族でも友人でもない赤の他人。医師には守秘義務があるからこそ、いまの自分の問題を話したところで誰かに漏れるわけではない。たとえば離婚を目の前にしている方にとっては、わたしの離婚経験が話のきっかけとなり一挙に打ち解ける。ひとしきり話してすっきりして帰る姿を見送ると、目に見えない大きな重荷がそこに置かれていったのがよくわかる。

 心の内を吐き出せる場所は必要だ。わたしも離婚という大きな問題を抱えた時に、吐き出せる場所や仲間があったからなんとか乗り越えられた。誰かにとってわたしがそういう存在になれたら、試練をくぐり抜けた甲斐があったというものだ。

 わたしがやっている医師と医学生の交流イベント「Doctors’ Style」も同じ。医師といういささか閉ざされた社会の中で、苦悩を誰にも打ち明けられずにいる同志たちが、重荷を降ろしに来てくれたらいいなと思って始めたものだ。わたしの離婚という人生の試練が、漢方の心身一如、そしてDoctors’ Styleとドッキングして社会に返っていくのだと思うと、つらい経験も何ひとつ無駄なことはないのだなと感慨深いものがある。

正木先生のプロフィール写真

正木稔子(まさき・としこ)
1979年生まれ。福岡県北九州市出身。
福岡大学医学部を卒業後、日本大学病院耳鼻咽喉科・頭頸部外科に入局。主に癌治療を行う。その後クリニックに勤務し、西洋医学に漢方薬を取り入れたスタイルで診療をしている。
現在は診療業務と並行してDoctors’ Styleの代表を務め、医学生とドクターを対象に、全国で交流会を開催したり、病を抱えた方々の声を届けている。また、ドクターや医学生に向けた漢方の講演なども行っている。
それ以外にも、国内外で活躍する音楽一座HEAVENESEの専属医を務めているほか、「食と心と健康」と題して一般の方向けにセミナーを開催し、医療だけに頼るのではなく普段の生活の中からできることを提案している。