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寄稿記事 わたしの女医ライフ【第10回】

医師7年目でフリーランスに その光と影―わたしの女医ライフ

2019年1月11日(正木稔子)

 わたしは今、非常勤で3軒のクリニックを掛け持ちし、医療系の専門学校で非常勤講師もしている。いわゆるフリーランスという立場で働いているが、ここに至るまでは迷いと葛藤の連続だった。

 そもそもの発端は、医師4年目の夏におとずれた医局員との離婚だった。このまま医局に居続けることはできないと思い、そのまま退局して地元の福岡に帰るか、東京の他大学に入局し直すかを考えた。しかし離婚の際に助けてくださった先輩方との関係は何物にも代えがたく、今から別の医局に行って人間関係を作り直す気にはなれなかった。ただ、医師として生きていくための専門性は今のうちに身に着けなければと思い、6年目の夏に専門医資格を取ったら退局することに決めた。振り返ると、大学医局に在籍した6年間は医師としての今のわたしの基礎になる、とても大切な時期だったと思う。ただ、勤務そのものは毎日全力だったため「医局を辞めたら楽になる」とも思っていた。

 退局してからどこに勤務するか、離婚後からずっと考えていた。その頃は終末期医療に興味を持ち、病院見学にも行ってみたがピンと来ず、いくら探してもなかなか決まらない。そんな時、毎週行っている教会でのボランティア活動にふと目が留まった。教会は医師としてではなく、一人の女性としてわたしに接してくれる、安心できる場所だ。「勇気のいる決断だけど、ボランティア活動をしてみるのもいいかもしれない。それに、これまで本当によく走ってきたんだもの。少しゆっくり過ごしてみてもいいんじゃない?」と自分を慰める思いもあり、一旦仕事を辞めてみようと決意した。しかし仕事の話はどんどん来るもので、医師は「仕事を断る」のが大変なのだと痛感した。よくよく吟味し、仕事に翻弄されない範囲であればと、週2日だけの勤務と、他の日はボランティアをすることにした。

存在価値を見失いかけた非常勤生活

 そして始まった非常勤での勤務生活。当直がなくなり、肉体的にはとても楽になった。日中、外に出歩けるなんて、こんな世界があったのか?!と思うほど、世の中が明るく見える。一方で大学病院に勤務している先輩・後輩を思うとどこか申し訳なさを感じ、しまいには仕事をほとんどしていない自分には存在価値がないような気分にさえなってきた。「この思いを払拭するために医局に戻ろうか、いや、あの生活に戻ったら元の木阿弥だ。」そんな葛藤が毎日わたしの頭の中で展開され、その状態は長らく続いた。仕事が大変だったときは早く辞めたいと思い、いざ辞めてみたら仕事をしていない自分に価値を見いだせず、あの頃に戻りたいと思う。なんと浮き草のように揺れ動いてころころと変わってしまう心なんだろうと、今振り返ると自分でも呆気にとられる。

 そんな中、ある日に聞いた「あなたは存在しているだけで尊い」という、牧師さんによる聖書のメッセージ。それまでのわたしは「仕事をしているから自分の価値がある」と思い込んでいた。事実、大学時代から医学しか勉強してこなかったし、バイト経験はあってもその責任は社員ほどではない。世の中のことはほとんど知らず井の中の蛙だと自覚していたから、医師以外の仕事はできないし、それができなければ生きていけないと強く信じていた。だからこそ、仕事を減らすことで「医師としての存在価値がなくなった=わたしの存在価値はない」と感じてしまっていた。

 しかしそうではなく、何もしていないありのままの姿でいても尊い存在なのだと改めて聞き、当のわたし自身がありのままの自分を受け入れていなかったのだと気付いた。そうして少しずつ素の自分、つまり「ドジでおっちょこちょい。全力で細心の注意を払わないとミスをしてしまう」という傾向を認め、肯定し、対策を練るようになった。

フリーランスは「楽」? 働く中での葛藤

 周りから「そんな仕事の仕方で、楽でいいね」とよく言われる。医学生からは「フリーですか?!わたしもそんな働き方したーい」とも言われる。本当にそうだろうか?世の中の役に立っていないんじゃないかという心苦しさは、焦りを生み、焦りは間違った判断力を生む。他者から見たら楽そうに見える日々の中での葛藤は、心を蝕んでいくのを体験した。そんな中でも客観的に自己吟味して、自分と向き合い、ありのままの自分を認めることで解決策を見いだすことができた。

 仕事から少し距離を置いていたこの時期、プライベートで医師ではない友人の症状を聞き、日常生活でできることを問われたときに答えられない自分に直面したことを鮮明に覚えている。高度医療機関の中でがむしゃらに仕事をしてきても、例えば「熱があるけどお風呂に入っていい?」という質問に明確な答えを見いだせなかったのだ。この答えを見つけるためにも、非常勤勤務の合間に時間を割いて勉強した。その結果、今のわたしのセミナーでは養生(セルフケア)を語ることができ、重要なセールスポイントとなっている。

 とはいえ、今でもありのままの自分を受け入れられないときがある。それは、大抵他の誰かと比較して自分にできていないところを見つけた時。そんな時は立ち止まって自分を見直す時間を取り、わたしなりにまた歩き始めるようにしている。

正木先生のプロフィール写真

正木稔子(まさき・としこ)
1979年生まれ。福岡県北九州市出身。
福岡大学医学部を卒業後、日本大学病院耳鼻咽喉科・頭頸部外科に入局。主に癌治療を行う。その後クリニックに勤務し、西洋医学に漢方薬を取り入れたスタイルで診療をしている。
現在は診療業務と並行してDoctors’ Styleの代表を務め、医学生とドクターを対象に、全国で交流会を開催したり、病を抱えた方々の声を届けている。また、ドクターや医学生に向けた漢方の講演なども行っている。
それ以外にも、国内外で活躍する音楽一座HEAVENESEの専属医を務めているほか、「食と心と健康」と題して一般の方向けにセミナーを開催し、医療だけに頼るのではなく普段の生活の中からできることを提案している。

  

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