ドクターと医学生の交流を目的とし、将来の選択肢を増やすためのイベント「Doctors’ Style」の代表を務める正木稔子先生。今回は研修医時代の失敗から学んだことについて語ります。
ドクターと医学生の交流を目的とし、将来の選択肢を増やすためのイベント「Doctors’ Style」の代表を務める正木稔子先生。今回は研修医時代の失敗から学んだことについて語ります。
医師は単独で行動することが多いので、上司との関係においては難しさが往々にしてある。研修医時代、それを強く感じる出来事があった。
麻酔科をローテート中、わたしが麻酔をかけた患者さんが病棟に戻った後に状態が悪くなったことがあった。主治医から連絡があったが、わたしは次の患者さんを麻酔中で電話に出られず、麻酔が終わった後に電話を折り返し、何度か主治医に連絡したが繋がらなかった。行き違いの末、自分の足で病棟に行くと患者さんの状態は戻っており、何ら問題ないことを確認して一日を終えた。なんとなくモヤモヤした気持ちが残ったまま、このことを上司に報告せずに翌日を迎えた。
翌朝、上司に呼び止められ、「主治医から連絡があったが一体何があったんだ?」と強い口調で説明を求められた。
患者さんの容態は戻っていた。それなのに、なぜ、そこまで責め立てられなければならない?と上司が叱責する理由を理解できなかった。それと同時に反抗心が湧き、自分を正当化するモードになり、わたしの態度は悪くなっていた。そんな自分に嫌気がさすものだが、日々多くの患者さんを目まぐるしく対応する中で、いちいち立ち止まって考えてもいられなかった。
何が問題だったのか。後日仲間と共に冷静にレビューしてみた。
これはひとえにわたしの「慢心」だ。日々仕事をしていると、徐々に慣れが生じる。慣れることはとても重要で、それがないと過剰な緊張によりスムーズな動きができなくなる。だが、同時に慢心が生じるのも常だ。その理由は、「教えてもらうことへの感謝」がなくなっているからだといえる。知識と経験が増えれば増えるほど、最も陥りやすい罠といえるだろう。慢心は失敗の原因になりかねない。気を付けていたいものだが、謙虚さを保つのはなかなか難しいことだ。
言わずもがな、医師の仕事は人の命に関わるものだ。慎重に一つずつ相談し報告すること、間違いの指摘に対して感謝する気持ちを特に忘れてはいけなかったと思う。「このくらい言わなくていいや」という思いがよくなかった。「こんなことがありました。対応これでよかったですか?」と上司に報告し指示を仰ぐこと、つまり一人で抱え込まないことは、患者さんを守るだけでなく自分自身を守ることにもなる。ルールやマナーではなく、自分自身を守る術を身に着けることは、医師として働く上で重要な手段だと感じている。上司に報告することで、自分に足りない視点やアドバイスをいただく。それを糧に成長するのは、自分自身なのだ。
上司に説明を求められたとき、わたしの心に湧き上がったのは「責められたくない」という思いだった。人は承認欲求を持っている。しかし、医師という職業柄、命に関わるから上司の言い方がきつくなるのは、ある意味仕方ないことだ。これについても、上司と部下の良好な人間関係があった上での指摘でないと、部下の心が折れてしまう。
自分がかけた麻酔のせいで患者さんの容態が悪くなった、という重大な出来事に足がすくむほどの恐怖心があった。「どうか何も起こりませんように」と祈るような気持ちと、「自分で何とかしなければ」と前向きに取り組む気持ちとの狭間で、「万が一、悪い方に転んだらどうしよう」という大きな恐怖に支配され、言い出すことができなかったのだ。隠したい、という気持ちもまた事実だ。人間だから。恐怖に支配されないようにするには、自分の思いを吐き出せる環境を常日頃から整えておくのが良いように思う。ただ、今の臨床研修制度では上司がコロコロ変わってしまい、信頼できる人・話せる人が誰なのかを見つけることに一苦労だろう。Doctors’ Styleには、このような声がたくさん届いている。若いドクターたちの心が折れてしまわないよう、祈るばかりだ。
あの時、起こったこと、主治医に連絡を入れるも連絡がつかなかったこと、患者さんが元に戻っていたことを、その日のうちに上司に報告すれば良かったのだ。そうすれば、一人で抱え込んでモヤモヤした気持ちのまま帰宅することもなかった。万が一わたしの対応に不備があったとしたら、アドバイスをもらえ、その日のうちに対処できただろう。翌日になって一連の出来事を聞かされた上司からすれば、「なんで早く言わない!」となるのは致し方ないと、今となっては思う。主治医のお怒りもごもっともだ。
このような失敗談は、わたしの医師人生17年半の中で数え切れないほどある。この出来事の後、何かあった際にはその度にレビューするようにしている。今も抵抗感を感じる異変が起こったら、早急に上司に報告、相談し指示を仰ぐようにしている。
医師は仕事の性質上、小さなことが大惨事につながりかねない。ひとつひとつケーススタディーとして深掘りする機会とそれに付き合ってくれる仲間がいることが、わたしにとって、非常に大きな支えになっている。
1979年生まれ。福岡県北九州市出身。
福岡大学医学部を卒業後、日本大学病院耳鼻咽喉科・頭頸部外科に入局。主に癌治療を行う。その後クリニックに勤務し、西洋医学に漢方薬を取り入れたスタイルで診療をしている。
現在は診療業務と並行してDoctors’ Styleの代表を務め、医学生とドクターを対象に、全国で交流会を開催したり、病を抱えた方々の声を届けている。また、ドクターや医学生に向けた漢方の講演なども行っている。
それ以外にも、国内外で活躍する音楽一座HEAVENESEの専属医を務めているほか、「食と心と健康」と題して一般の方向けにセミナーを開催し、医療だけに頼るのではなく普段の生活の中からできることを提案している。