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寄稿記事 わたしの女医ライフ【第21回】

ガイドラインにない“医師の仕事”実感した日々

2020年11月10日(正木稔子)

 ドクターと医学生の交流を目的とし、将来の選択肢を増やすためのイベント「Doctors’ Style」の代表を務める正木稔子先生。今回は、医師が“命”に寄り添うことについて語ります。

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ある患者さんとの出会い

 大学病院で外来を担当していた時のこと。妊娠中毒症で入院中の患者さんが、めまいがするとのことで依頼状がわたしのところに回ってきた。
一般外来を終え、入院患者さんを各病棟から呼び集めると、彼女はとても落ち込んだ様子で診察室に入ってきた。めまいについて聞くと、「腰のあたりが回るんです」と言う。

 腰…それは…耳鼻科ではない。

 しかし、落ち込んでいる様子の彼女を、「それは耳鼻科ではないので」と追い返す気にはとてもなれなかった。妊娠していて腰が回る?妊娠や出産、子育てに何か不安でも??そう思ったわたしは、「お子さんに関して、何か不安でもありますか?」と恐る恐る彼女に訊いてみた。彼女は待っていましたとばかりに「はい。実は、この子を育てられるのかすごく心配で、無理なんじゃないかと思うんです」と胸の内を語り始めた。

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人が生まれてくる理由

 『わたしは、あなたを胎内に形造る前から、あなたを知り、あなたが腹から出る前から、あなたを聖別し、あなたを国々への預言者と定めていた』
これは聖書の中にある言葉だ。バビロン捕囚の時代、南ユダ王国にエレミヤという若者がいた。エレミヤの仕事は預言者で、神の言葉を預かって国の統治者に向けて、耳の痛い言葉も言わなければならない立場だった。エレミヤはその仕事が自分にできるとは思っていなかったが、神はエレミヤに「胎内に形造る前から定めていた」と告げた。神の言葉通り、エレミヤは預言者として大活躍するのだが、これはエレミヤに限ったことではない。人は生まれてくる前から、意味と目的を持って誕生してくる。わたしはそう信じている。

 本連載の第15回で書いたが、わたし自身もなぜ医師になったのかわからなくて苦しんだ時期があった。しかし、この言葉に触れ、わたしが医師として生きていくことは、生まれる前から準備されていて、意味と目的があったのだと思えた時、生きる力が湧いてきた。自分の頭で考えうること以上に、もっと大きな計画が既にあるのだ。だから、どんな理由であれ親の意向で宿された命を絶つことに、とても胸が痛む。お腹にいる子には、生きていく意味と目的がある。それが絶たれようとしている時に、黙ってはいられなかった。わたしはとっさに彼女に言った。「育てる能力が既に備わっているから、子どもを授かったんです。育てられますよ。その子が生まれてくるのには意味があるし、偶然生まれてくる命なんてないんです」。自分でも驚いたが、彼女はもっと驚いていた。まさか、耳鼻科の外来でそこまで反対されると思わなかっただろう。彼女はわたしの話を静かに聞いてくれた。

 それからわたしは、時間ができれば彼女の部屋に顔を出し、当直の際に産婦人科病棟に出向いてゆっくり話を聞いた。彼女は多岐にわたる問題を抱えており、わたしは解決策を提示することはせずに、ただひたすら話を聞いていただけだった。彼女の表情はみるみる良くなり、めまい感を訴えなくなった。出産も子育ても頑張っていこうと思えたと言ってくれた。

命に寄り添い、人生に伴走すること

 それから数年。わたしは大学病院を辞め、クリニックで勤務していた。SNSで彼女と繋がり、無事に出産していることが分かった。また受診したいと言ってくれ、患者さんとして再びやってきてくれた。その後も、わたしが講師を務めるセミナーにお子さんを連れて来てくれた。可愛くて仕方なかった。あの時お腹にいた顔も知らなかった子が、ここにいてわたしに微笑みかけている──。初めてお子さんに会った時は大きな感動に包まれた。

 医師は命に寄り添う仕事だと思う。病気が治る・治らない、収入なども論議になるだろう。しかし、命に寄り添うことは、患者さんが苦難に直面した時に自分事として考え、人生に伴走することだと思う。患者さんの状況や性格によって答えは違ってくるし、話をよく聞くことが大きな鍵になる。

 しかし、ガイドラインでは片付けられない難しさが「伴走」には伴う。大きな病院にいた時にはとにかく忙しくて時間が取れなかったから、ゆっくり話を聞くことすら思うようにできなくて、とても悔しい思いをしてきた。あの子の命が無事に生まれてきて、この世界に存在しているということは、とても大きな価値があると感じている。現在もなお、定期的に来ている外来で顔を見ることが今の楽しみだ。

正木先生のプロフィール写真

正木稔子(まさき・としこ)
1979年生まれ。福岡県北九州市出身。
福岡大学医学部を卒業後、日本大学病院耳鼻咽喉科・頭頸部外科に入局。主に癌治療を行う。その後クリニックに勤務し、西洋医学に漢方薬を取り入れたスタイルで診療をしている。
現在は診療業務と並行してDoctors’ Styleの代表を務め、医学生とドクターを対象に、全国で交流会を開催したり、病を抱えた方々の声を届けている。また、ドクターや医学生に向けた漢方の講演なども行っている。
それ以外にも、国内外で活躍する音楽一座HEAVENESEの専属医を務めているほか、「食と心と健康」と題して一般の方向けにセミナーを開催し、医療だけに頼るのではなく普段の生活の中からできることを提案している。