前回はコーチングの定義や期待される効果について取り上げました。具体的なスキルや実践法を知りたくてウズウズしているかもしれませんが、敢えてそれは次回以降に紹介することとし、今回はコーチングを行う上で押さえておきたい基本について述べていきます。
コーチングというコミュニケーションの応用技術を使うためには、まず自分の基礎体力(ファウンデーションとも言います) やコミュニケーションを見直すことが大切です。
前回はコーチングの定義や期待される効果について取り上げました。具体的なスキルや実践法を知りたくてウズウズしているかもしれませんが、敢えてそれは次回以降に紹介することとし、今回はコーチングを行う上で押さえておきたい基本について述べていきます。
コーチングというコミュニケーションの応用技術を使うためには、まず自分の基礎体力(ファウンデーションとも言います) やコミュニケーションを見直すことが大切です。
「誰々がこうしてくれたら自分のやりたいことができるのに…」と愚痴をこぼして他人に変化を求めた経験はありませんか?
愚痴をこぼしても相手は変わりませんし、それよりも自分を変える方がはるかに簡単です。まずは自分に目を向けてみましょう。性格は変えられないと言われていますが、身の回りの環境や物事の捉え方、コミュニーションなどは変えられると言われています。
あなたの言動(図1)は、「自分の内側」、つまり自分の価値観、基礎体力、精神面での姿勢をベースに、その上のコミュニケーションバランスで成り立っています。どれが欠けても不都合が生じやすくなることでしょう。
今回は、これらをどのように整えていけば良いかご紹介し、あなたが自分を変えるためのヒントを提供したいと思います。
あなたは自分の価値観を一言で表すことができますか?私が自分の価値観を初めて明確に把握したのは、36歳の時でした。それまではなんとなく理解していた価値観が、たった30分間のコーチングによって明確になりました。 (このように、ぼんやりと頭の中にあることを明確にすることこそコーチングが特に力を発揮することです)。
価値観が明確になったことで、私はあることに気付きました。これまで私が取っていたコミュニケーションは、自分の価値観のフィルターを通して(場合によっては押し付けて)いたということです。また、明確な価値観は実益ももたらしました。何かしらの選択を迫られたとき、後悔が少ない納得のいく選択ができ、その後もやる気を持って取り組めたのです。
こうした効果は他者に対しても同様に発揮できます。他者の価値観を知っていると、円滑なコミュニケーションが可能となり、例えば部下に仕事を振り分ける時など、相手にもやる気を持って仕事をしてもらえるようになるでしょう。
[エクササイズ] 価値観を知る方法には色々とありますが、例えば以下のような方法があります。
上記 (2)で作成した作文が自分の価値観を表し、(3)の理由の中に大切にしている価値観が出てくると言われています。
例えばコーチ自身が仕事を抱え込みすぎて疲れ果てている、コーチングを受ける相手が複数の学会費を滞納しているなど、気持ちに余裕のない状況で充実した会話やコーチングができるでしょうか?
無駄に消耗しないようコンディションを整えておく必要があり、この土台が基礎体力です。特に、新しく行動を起こす際には身体的にも精神的にもエネルギーを消費します。普段からエネルギーを蓄え、行動する際の基礎体力をしっかり固めておく必要があります。そのためには、身の回りの環境や自分自身の健康、仕事・家計、人間関係など領域ごとに分け、以下のように、(1)基礎体力を維持する、(2)基礎体力を高める―という2つの観点のいずれかで見直す方法をお勧めします。
[エクササイズ] 医療者における基礎体力の取り組み
1.環境
2.健康
3.仕事・家計
4.人間関係
それぞれについて自問自答し、特に気になること、すぐに解決できそうなことから下記のように着手していきましょう。期間と助けてくれる人を具体的に意識することがポイントです。何よりも基礎体力をしっかりと固めることが、他人と良好なコミュニケーションや効果的にコーチングを行うための第一歩となります。
[エクササイズ] (1)1〜2週に1つ程テーマを決め、(2)いつからどれくらいの期間、(3)どのように、(3)誰に助けてもらって、取り組むか決めましょう。
(例) (1)「論文や医学書を整理する」をテーマに決め、(2)本日から外来のない日の朝5分間、 (3)要るもの/要らないもの/どちらとも言えないものに分け、要らないものを捨て、(4)管理しきれないものは科で共有することを相談する。
【ケース】私たちの経験、変化、患者例 実際に私たちが気づき、見直しをした例がこちらです。
(1)[横尾のケース] 私には曲がって生えている親知らずがあり、歯の詰め物が1ミリずれただけでも仕事や生活に支障が出るという話を聞き、親知らずのことを思い出すたびに気になっていました(基礎体力のロス)。基礎体力を高める取り組みの中で、親知らずの治療をすることを決意しました。無事2本の親知らずを抜歯し、虫歯のチェックや歯石の除去も済ませたところ、口の中の違和感や歯の磨きにくさを感じなくなり、毎日鏡で自分の歯を見るのが楽しみになりました。これを機に自分の体のメンテナンスの重要性を再認識し、その翌月には人生初の胃カメラも受けました(予想以上に辛かったですが…)。健康面の気がかりが減ったせいか、今まで以上に仕事に集中できているような気がしています。
(2)[大西のケース] 私はベッドを整えてから出勤する取り組みから始めました。その後、部屋の片付けや断捨離などにも継続して取り組むことができ、基礎体力の高まりを実感しました。そのうちに気がかり(基礎体力のロス)をなくしていくことに喜びを覚えるようになり、手帳を用いてスケジュールとTO DO LISTをつけ始めました。仕事の漏れが減り、仕事がはかどるようになり、新たにスポーツ(トライアスロンとサーフィン)を始めました。仕事に追われていた数年前の自分からすると信じられないことです。
(3)[糖尿病患者さんのケース] 糖尿病教室や栄養指導を含めて、様々なスタッフが手を変え品を変え介入しましたが、患者さんの生活習慣は変わらず、肥満やHbA1c10%以上の状態が継続していました。そこで、糖尿病治療を頑張ることを一度脇に置き、基礎体力を高めることとしました。本人と話し合い、まずは玄関を通るたびに靴を綺麗に並べること(基礎体力のロスをなくす)をテーマに取り組み始めました。そうしたところ、次の外来日にはテーマに取り組めただけではなく、お願いしてもないのに自ら毎日の体重記録表を記載して持参しました。何より今までに見たことのない明るい表情が印象的でした。
落ち込むことがなく、常にやる気に満ち溢れている人はいないと思います。私たちは状況によって、物事に対する気持ちや視点といった「姿勢」が前向きにも後ろ向きにもなることがあり、それに伴って行動も変わってきます。ここで言う後ろ向きな姿勢とは、自ら考えることなく、指示や命令だけに従って仕事を引き受ける姿勢のことです。
例えば、「どうせこんな事言っても無駄だ」と諦めたり、何か注意されると「いえ、違うんです」と言い訳から始めたり、「私はこんなに頑張ったのに周囲が理解してくれない」と嘆いたりすることは、後ろ向きの姿勢に当たります。一方で、前向きな気持ちや視点とは、「全てを自分の責任」にするというよりは、このシチュエーションで「自分に何ができるか」という視点を持つことです。もう一つ例を挙げるなら、忙しいとやる気が出る(前向きになる)人もいれば、やる気がなくなる(後ろ向きになる)人もいます。
このように、状況によって、さらには同じ状況でも人はどちらの姿勢にもなりえます。大人にもなると、相当に意識をして自分を観察しないと、自分が前向き、もしくは後ろ向きな姿勢や行動をとっていることに気づきづらいでしょう。まずはあなたがどういう時に前向きになるのか、後ろ向きになるのか認識することが大切です。
[エクササイズ] 自分が前向き/後ろ向きな姿勢になる状況を、それぞれ3つ挙げてみましょう。
(例)大西はあまりやりたくない仕事で忙しいと、「どうしてこんなことしなきゃいけないの」と後ろ向きになります。横尾は誰かの成長に自分が貢献していると感じるとき「自分ができることをしよう」と前向きになります。
・「あの時、感情的にならなければあんなこと言わなかったのになぁ…」と後悔した ・上司の前だと言いたいことがなかなか言えない
あなたはこのような状況を経験したことはありませんか?だとしたら、これらを解消する方法論として「中立的なコミュニケーション」(アサーティブとも言われています)が力になると思います。
人は、周囲の環境やどんな人を相手にするかといった状況によって、コミュニケーションを知らぬ間に変えていることが多々あります。
・中立でなくなりがちな相手 身分の高い人、年上/年下の部下、客、外国人、大勢の聴衆など
・偏りがちなコミュニケーション 攻撃的←→守備的、自慢気←→卑屈、積極的←→消極的など
あくまで中立的な状態で自分が良いと思うコミュニケーションをとり、伝えたいことを相手にありのままに伝えることで、周囲の環境や周りとの関係をより良くできるでしょう。
[エクササイズ] あなたの周囲に中立的なコミュニケーションをとっている人を見つけて、観察してみましょう。
(例)大西の周囲には、誰からも好かれて周囲に人が集まってくる上司と友人がいます。私もそうなりたいと思い、長い間彼らを観察していましたがその理由がはっきりとは分かりませんでした。コーチングでコミュニケーションについて学んだ後、その理由の1つが分かりました。彼らは自慢することもなければ卑屈になることもなく、環境や相手問わず中立的なコミュニケーションをとっていたのです。
さて、次回はいよいよコーチングのスキルや実践法をご紹介していきます。それまでの間、今回取り上げたエクササイズにぜひ取り組んでみてください。
【著者略歴】
横尾英孝
所属 千葉大学医学部付属病院総合医療教育研修センター
大西俊一郎
所属 旭中央病院糖尿病代謝内科
糖尿病を専門として、地域、病院院内のチーム、糖尿病患者を良くするためにコミュニケーション、コーチングを学ぶ。それぞれ「教える」、「楽しむ」ことを第一義の価値観として持ち、人のエンパワーメントを通じて新しい形の医療を望む。