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寄稿記事 わたしの女医ライフ【第13回】

医師としてのキャリアを広げた、小さな夢―わたしの女医ライフ

2019年7月9日(正木稔子)

 アフリカ、エリトリア。
日本人が二人しか居住しておらず、日本大使館もない国。
遠く離れたこの国を仕事で訪れる日がくるとは、夢にも思わなかった。

 わたしが「音楽外交使節団HEAVENESE(へヴニーズ)」という音楽一座の専属医になったのは数年前のことだ。2017年以降、HEAVENESEの海外遠征には同行している。台湾、ドバイ、エチオピア、そして今回のエリトリア。慣れない土地でも彼らが全力で演奏を果たせるよう、陰ながら支えるのがわたしの役割。もし現地でメンバーが体調を崩した時は症状を和らげ、パフォーマンスできる状態にする。普段の診療では病気を治すことが目的になるが、専属医としての仕事の目的は第一に、ミュージシャンにステージに立ってもらうこと。病気を根治することではない。

 最初にわたしがミュージシャンのサポートをしたいと考えたのは大学5年生の時。臨床実習で病院を回りながら、「わたしは一体何科の医師になるのだろう?」と考えていた時のことだ。24歳で医師になり、80~90歳くらいまで働くとなると、ただの仕事というのでは飽きてしまうのではないか。趣味と仕事が関連していた方が続くし、楽しいだろうと考えた。音楽が大好きだったわたしは、プロの支えになりたいと「音声外来」を探し上京することにしたのだった。

 その後、縁あってHEAVNESEの専属医を務めさせてもらっている。海外遠征では喉の管理を越え、あらゆる病気を想定した総合的な管理が必要だ。特にアフリカでは、コレラ、腸チフス、マラリア、住血吸虫、高山病など大学時代に座学で習っただけで臨床では診たことのない疾患が多く、勉強し直した。罹患しないようにするために、みなの食事にも気を配る。蚊にも刺されないように虫よけスプレーなど準備を徹底。風邪をひいて高熱でも出たら大変だから未病の時点で対処するように目を見張る。病院にいて患者さんを待っているのとは、視点がまったく違っていて面白い。そして何より、彼らがステージに立つ姿を舞台袖で見ていると、深い喜びが湧き上がってくる。わたしはこのために医師になったんだなと思うほどだ。

専属医の仕事を通じて得たもの

 今回エリトリアを訪れたのは、文化スポーツ庁(日本でいう文科省だそうだ)から招聘を受けたからだ。国の独立28周年記念に日本人初のバンドとして渡航し、大歓迎を受けた。HEAVENESEの演奏はテレビで生放送された上に何度も再放送され、一座は独立記念式典にも列席。街を歩けば声をかけられ握手や撮影を求められる。素敵な7日間を過ごした。この仕事は、一医師という立場ながら、民間外交を支える側面もあるのだ。身に余る光栄である。

 帰路、エリトリアの首都アスマラからエチオピアのアディスアベバ行きの飛行機の中でのことだ。隣に座った年配の黒人男性が「羽田空港での君たちの公演を観に行ったことがある。もちろん今回母国であるエリトリアでもTVで観ていたよ」と話しかけてきた。日本の大企業の社員で、日本に半年間住んだことがあるそうだ。今は中東の支店に赴任しているらしい。

 彼は言う。

 文化交流が最も大事だ。政治になると何も進まなくなる。日本にいた時広島を訪れたが、なぜ市民があんなに多く殺されなければならなかった?なぜだ?政治じゃないんだ。文化だ。文化があって国がある。国があって人々がいる。文化が最も大事だ。日本には素晴らしい文化がある。こんな国は他にはないよ。鎌倉、京都。素晴らしいじゃないか!僕は銀座より鎌倉が好きだ。日本を感じられるからだ。

 海外からそのような評価を頂いていることがとてもうれしかった。わたしは、個人的な興味で日本の医療についてどう思うか、聞いてみた。すると開口一番、「素晴らしいよ!」と言う。話によると、以前奥様が腹痛・嘔吐を訴え現地で受診したら、余命半年と言われたそうだ。しかし彼は諦めきれず日本の病院に奥様を連れて行った。検査の結果、小腸がねじれていることがわかり、運動するように指導を受けたところ、症状は改善。その後、薬も不要で今もとても元気だそう。日本の医療は本当にすごいし、とても丁寧だ、と話してくれた。

 最近、外国人が受診するケースが多いので不思議だったが、日本の医療を良いと思ってわざわざ母国ではなく日本で受診する人がいるのだ。そう知っただけでとても励みになる。先日、オランダ人の男性が勤務先のクリニックを受診した。わたしは「日本の医療はどうですか?」と聞いてみた。すると「素晴らしいよ。何より専門家にすぐ会えて、こんなに素晴らしい機器を使って診てくれる。他国は専門家に会えるまでの道のりが長いんだ」。日本の医師が身を粉にしてやっている医療が認められた気がした。

 23歳の世間知らずの若者が描いた「医療でミュージシャンのサポートをしたい」という小さな夢。それがこのように展開しようとは、当時想像もしなかった。あのとき立ち止まって自分の「やりたい」と向き合ってみたから、こうした思いがけない発見や出会いを得られたのだろう。この専属医という仕事、わたしの視野を大きく広げてくれている。

正木先生のプロフィール写真

正木稔子(まさき・としこ)
1979年生まれ。福岡県北九州市出身。
福岡大学医学部を卒業後、日本大学病院耳鼻咽喉科・頭頸部外科に入局。主に癌治療を行う。その後クリニックに勤務し、西洋医学に漢方薬を取り入れたスタイルで診療をしている。
現在は診療業務と並行してDoctors’ Styleの代表を務め、医学生とドクターを対象に、全国で交流会を開催したり、病を抱えた方々の声を届けている。また、ドクターや医学生に向けた漢方の講演なども行っている。
それ以外にも、国内外で活躍する音楽一座HEAVENESEの専属医を務めているほか、「食と心と健康」と題して一般の方向けにセミナーを開催し、医療だけに頼るのではなく普段の生活の中からできることを提案している。